この記事は約9分で読めます。
岐阜県美濃加茂市にある「オイスターバー夜光虫」をご存知だろうか。
新鮮な牡蠣とジビエ、そしてクラフトジンを楽しめる大人の隠れ家的なオイスターバーだ。今回は店主の桐生勝司(きりう かつじ)さんに、バーを始めたきっかけや、牡蠣やジビエに込めた想いなどをうかがった。
- 営業職からバーのオーナーに
- 三陸の牡蠣で震災復興支援
- 牡蠣が苦手という人にこそ食べてほしい
- 焼く・蒸す・煮るにも生牡蠣を使用
- 最先端の技術で牡蠣を瞬間冷凍
- 一皿に込めた命への敬意
①営業職からバーのオーナーに
オイスターバー「夜光虫」は、一人飲みからデート、二次会まで幅広く利用できる、カウンター8席のみの落ち着いた空間だ。生牡蠣はもちろん、焼き、蒸し、創作料理など種類豊富に用意されている。
ドリンクは、郡上市にある辰巳蒸留所のプレミアムなクラフトジンをはじめ、クラフトビールやグラスワインなど、牡蠣とのペアリングを堪能できるラインナップが魅力だ。
桐生さんは、バーをやるまで飲食業に携わったことがなかったという。どのようなきっかけで、バーの経営を始めたのだろうか?
「もともとは、製薬会社で営業をしていました。出身は札幌ですが、10年前、転職でよい案件があったから、岐阜に出てきたんです。」
その後会社を辞め、故郷の札幌に帰ろうかと思っていた桐生さん。しかし、思いがけないきっかけで岐阜に残ることとなる。
「たまたまこの店で、前の方がオイスターバーをやっていたんですが、駅前の居酒屋スタイルのお店に移ってしまい、ここは眠らせていた状態でした。共通の知人から、バーをやってくれる人を探していると聞いたんです。」
そして桐生さんは、経営が難しいバーに、あえて飛び込んだ。
「ずっと営業をやっていたので、客単価などを計算して、これならやっていけると思って始めたんです。牡蠣だったら単価を下げずに、ミドルの価格帯でいけるんじゃないかと考えました。」
飲食は未経験だという桐生さんだが、営業の経験が活きたというわけだ。
②三陸の牡蠣で震災復興支援
「夜光虫」で仕入れる牡蠣には、一つのこだわりがある。
「テーマは震災復興です。2011年の東日本大震災から年月は経っていますが、大きな打撃を受けた生産者や卸業者はたくさんいます。夜光虫は、流通のすべてにおいて、なるべく東北の業者を使っています。うちは東北三陸の牡蠣しか扱っていません。他のオイスターバーでやっているような、産地の食べ比べはやっていないんですよ。」
牡蠣で復興支援をしたいという想いを持つ桐生さん。しかし長く経営を続けていくには、他にもコンテンツが必要だ。なるべくなら、牡蠣と同様、生産者の想いが込められた食材を扱いたい。
考えた末に目をつけたのが「ジビエ」だったという。
「北海道の同級生が猟師をやっているんです。熊や鹿を撃つんですよ。その人にジビエをやりたいと連絡を取って、調理方法も勉強しました。」
熊や鹿はそのご友人から仕入れているのだと話してくれた。イノシシは北海道にいないので、岐阜県のものを使っているのだという。
近年、日本の各地で鹿や熊などの野生鳥獣による被害が問題になっている。特に深刻なのが、北海道と奈良県だ。
「鹿が1日にどれくらいの量の草を食べるのかをご存知ですか?自分の体重の4分の1から5分の1の量です。20kgの鹿だと、1日に4kgとか5kgくらい食べるんです。」
4kgや5kgの草はどのくらいの量だろう?正直想像もつかない。興味関心がある人でなければ知らない人も多いが、とてつもない量である。
鹿の食糧が不足してしまい、里山へ降りてきて農家への被害が大きいのだ。
また、製薬会社に勤務していた桐生さんは、ジビエの栄養価の高さにも着目している。ジビエは高タンパク質で低脂肪、ビタミンやミネラルを豊富に含む、非常に栄養価の高い食材なのだ。
ジビエを扱うということは、総合して良いこと尽くしである。仕入れ先から調理方法まで整っているという「夜光虫」の強みがあってこそ成立するのだ。
③牡蠣が苦手という人にこそ食べてほしい
2021年1月に開業した「夜光虫」。2021年といえば、コロナ禍のまっただ中だ。タイミングが悪く、協力金をもらえなかったという。昼間は板金プレス工場で働いたものの、工場勤務の経験がなかった桐生さんは苦労したそうだ。
桐生さんはそのような状況で、バーを辞めようとは思わなかったのだろうか?
「簡単にはやめられないですね。ジビエの猟師さんに、自分が広めていくと言ってしまったから。とにかくできる事を全てやって、だめならもう仕方ないよね、という感じでした。」
「夜光虫」のターゲットは、やはり牡蠣がめちゃくちゃ好きな人なのだろうか?
「牡蠣が好きな人だけでなく、牡蠣は危ない・怖い・美味しくないと考えている人もターゲットなんです。牡蠣に対しては、誤認している人がとても多いという印象を持っています。自分は牡蠣にあたったことがないのに、牡蠣はあたるから食べたくないと思い込んでしまっている人が多いんです。ただ、牡蠣は他ではなかなか摂取できない栄養を豊富に含んでいます。牡蠣のマイナスな認識を少しでも変えたいんです。」
牡蠣にはビタミンB1、B2、B12、ミネラル、タウリンなどの栄養素が多く含まれており、免疫力アップや健康増進が期待できる食材だ。
「牡蠣は海のミルク」という表現を聞いたことがある人も多いのではないだろうか。それは牡蠣のポテンシャルが高く、鮮度が良いことが非常に重要だ。牡蠣とつぶ貝以外の海産物は一切おいていないところからも、桐生さんのこだわりが感じられる。
このご時世、生牡蠣を食べられるところは限られている。近場の居酒屋で食べられたとしても、小さいし高い。1個あたり500円や600円、1000円するケースもあるのだ。
「牡蠣は、食べるハードルが他と比べて高いんですよね。夜光虫はなるべく、300円程度で提供しています。値段を下げて、衛生管理をしっかりして、おいしく出せれば、牡蠣を嫌いな人は減るはずです。今まで牡蠣を食べたことがなかった方、食べられなかった方で、うちのバーをきっかけに牡蠣が好きになった人もたくさんいるんですよ。ぜひ本来の牡蠣の良さを知ってほしいですね。」
そう、うれしそうに話す桐生さん。生産者が見えるような状態で買いたいからと、市場では買わず、契約している漁師から直接購入する徹底ぶりだ。
④焼く・蒸す・煮るにも生牡蠣を使用
夜光虫では、生牡蠣はもちろん、豊富なバリエーションで牡蠣を味わえるのが特徴だ。
「牡蠣をたくさん食べてもらいたいので、いろいろな食べ方を提案しています。」
お客様にオーダーシートを渡し、例えば3人でどういう食べ方が良いかを書いてもらう。そうすることで、3~4名で来店してシェアするお客様が増えたという。
牡蠣にチーズやソースを乗せて焼くグリルオイスターや、殻付きの生牡蠣をそのままオリーブオイルに沈めたアヒージョなど、生が食べられない人でもいろいろなスタイルで牡蠣を楽しめるのだ。
他にもグラタンオイスターやバジルチーズオイスターも人気だという。
「焼き牡蠣には、牡蠣だし醤油がおすすめです。ネギと牡蠣だし醤油と唐辛子の組み合わせは、めちゃくちゃおいしいですよ。」
そして驚くべきことに、これらのメニューにも「生牡蠣」が使われているという。
「安全面を考えて、焼く・蒸す・煮る場合も、すべて生食用の牡蠣を使っています。それが、ワンオペでお店をやる秘訣です。どれだけ混みあっていても、火の入れ方が甘くて…という事態を防げるのです。また焼き牡蠣は、半生で出しています。加熱用の牡蠣では許されませんが、生牡蠣だからこそできることです。」
「安い牡蠣、加熱用の牡蠣を提供しないっていうのが僕の信条です。正直、儲けは減ってしまいますけどね。それでもついてきてくれるお客様がいるのはありがたいです。」
牡蠣の提供におけるこだわりを話してくれた。
確かに焼き牡蠣は、火が通りすぎてギュッと小さくなってしまってがっかりした、ということをよく聞く。その点、夜光虫の場合は生牡蠣を使っているので、大きな粒のまま提供できるのだ。
桐生さんのこだわりは、行ったタイミングや季節で差が出ることを抑え、安定してお客様の期待に答えられるための工夫でもある。多くの人がおすすめしたくなるのも納得であり、飲食業界において本質的で非常に大切なことなのかもしれない。
⑤最先端の技術で牡蠣を瞬間冷凍
生牡蠣を宮城県から直接取り寄せている桐生さん。鮮度を保つために、どのような工夫をしているのだろうか?
「冷凍です。冷凍というと、生より品質が下がるイメージを持っている方は多くいます。しかし、実は逆なんです。」
「たとえば、レタスを普通に冷凍して解凍しても、あのシャキシャキ感は戻りませんよね。牡蠣も同じなんです。いったん凍らせてしまったら、もう生では食べられない、加熱するしかないというのが今までの常識でした。しかしこの瞬間冷凍技術を使えば、水揚げしたときのプリプリの状態で生で食べられるんですよ。」
「夜光虫」の牡蠣は、プロトン凍結という最新の瞬間冷凍技術で凍らせているという。
プロトン凍結は、食品を凍結する際に氷の粒を小さく均一にすることで、食品の細胞破壊を防ぐ技術を用いている。従来の冷凍方法では、氷結晶が大きく成長し、細胞が破壊されやすくなってしまう。これにより、解凍時に食品の品質が低下したり、旨味成分が流出したりする問題があった。プロトン凍結では、氷核を一度に多数生成して大きな氷結晶の成長を妨げることで、氷の粒を小さくし、細胞の破壊を防ぐ。その結果、解凍時に食品の旨味や食感をキープできるのだ。
「凍結することで食品の廃棄が減るので、経営的にも助かりますし、環境にもいいんですよね。活牡蠣を水揚げしてそのまま送ってもらった場合、生牡蠣をお店に出せるのは、せいぜい到着から3日です。3日経つと鮮度も落ちるし、臭いも発生します。4日目以降は加熱に回すか、在庫がだぶついている場合は捨てるしかありませんでした。加えて3日目の生牡蠣を食べた人が、運悪くあたったりするんですよね。ちょっと生臭い牡蠣だったねって。それで牡蠣を嫌いになってしまうんです。」
「夜光虫」では、注文を受けてから解凍する。解凍時間は季節によって異なる。実はこの取材で、直接桐生さんから生牡蠣をいただいた。身が大きく、臭みが全くなく、ジューシーかつクリーミー。冷凍していた牡蠣だとは、言われなければまずわからない。それどころか、人生で食べた牡蠣の中でも一、二を争うほどの美味しさだった。
なお、桐生さんのおすすめはおろしポン酢で食べることだそうだ。
オリジナルのタレもあり、相性が非常に良く絶品なため、最高に美味しい牡蠣が食べたい・食べてみたいという方には、間違いなく「夜光虫」がおすすめだ。
⑥一皿に込めた命への敬意
食わず嫌いな人が多いのは、牡蠣だけでなくジビエにも当てはまる。固い、臭い、癖がある、おいしくない…そんなマイナスイメージで、まだジビエを体験したことがない人も、まだまだ多いのではないだろうか。
「ジビエの質は、猟師によって変わります。ただ獲るだけの人もいれば、食肉としていかに流通をさせようか、どうやって食材を届けるかっていうことを考えている人もいます。猟師をしている同級生は女性で、彼女の想いをなるべくこのままお客様に届けることを念頭に置いて、料理を作っています。」
桐生さんの同級生の猟師は、女性の方なのだそうだ。
「北海道では、基本的に雪山で猟をします。銃で撃ったあと、血抜きをした後は、臭みが回らないように、内臓を全部出さなければいけません。それからその辺にある雪を詰めて、解体所に運びます。雪で冷やしている分、鮮度が落ちないんですよ。北国の知恵ですね。」
血抜きや内臓を出すのも、すべて猟師の方自らがこだわってやっているのだという。JAのような組織がないため、契約先も自分で開拓する必要があるのだ。想いだけでは成り立たない大変な仕事であり、いかに品質の良い肉を流通させるかなど、電話で語り合うこともあるという。人間がおいしく食べられない部位は、捨てずにペットフードにするなど、命を余すことなく大切に使うよう工夫しているそうだ。
桐生さんは、バーを経営して、つくづく感じたことがあるという。
「これまでの飲食店は、過剰すぎたと思っています。値段設定、盛り付け、映え など…。確かに、映えを喜ぶお客様もいるかもしれません。しかし映えさせるために、食べない食材を無駄に使うような時代は、もう終わったと僕は考えています。夜光虫では過剰な盛り付けはしません。いかに無駄を省くかを意識しています。お客様の要望に自分たちが応えるのではなく、自分たちの考え方や想いに、お客様がついてくるのが大切だと考えています。」
自分から積極的にお客様に想いを話すわけではないが、質問されて自分の想いを伝え、お客様と「つながった」と感じる瞬間があるという。
そしてそれが、桐生さんがこのバーを続けている原動力になっているのだ。
あなたも「夜光虫」で、濃厚な三陸の牡蠣と滋味深いジビエに舌鼓を打ちながら、日本の未来、そして自分ができることについて、想いを馳せてみてはいかがだろうか。