伝統を守りつつ斬新なあられを生み出す「丸幸製菓株式会社」を訪ねてみた。

 

 

TOM
ラムネ味のあられって知ってる?
SARA
知らないわ。そんなあられがあるの?
TOM
あるよ!ラムネみたいな味がしてびっくりしたんだ!!
SARA
・・・(それは、ラムネ味だからね)・・・

 

この記事は約8分で読めます。

 

岐阜市にある「丸幸製菓株式会社」をご存知だろうか。
創業76年のあられ屋さんで、ラムネ味のあられや出来立ての温かいあられを味わえる、伝統と挑戦が詰まったお店だ。今回は、代表取締役の宮部 源宏(みやべ もとひろ)さん と、専務取締役の宮部 有子(みやべ ゆうこ)さんにお話をうかがった。

 

今回のツムギポイント!
  1. 江戸時代から続く「源」と「幸」の伝統紡ぎ
  2. 家業を受け継ぐ覚悟と葛藤
  3. 出来立ての味を届ける人気の量り売り
  4. あられのイメージを一新する青色のラムネ味
  5. 岐阜のあられ業界で共存共栄を目指す

 

①江戸時代から続く「源」と「幸」の伝統紡ぎ

 

まずは丸幸製菓についてうかがってみた。

 

「もともとはお米の農家でした。昭和24年の終戦後、祖父が戦争から戻り米作りを始めましたが、米を作らない時期に、今で言う副業のような形でまんじゅうを作り、駅で販売したのが創業の起源です。それが軌道に乗り、やがてお米やもち米を使ったあられの製造に舵を切ったようです。」

 

1948年に岐阜県で創業し、OEMであられを製造する卸売業をメインに、今年で76年目を迎える歴史ある会社である。宮部現社長は3代目で、社長の祖父が創業した背景があるのだという。

 

「当初は家の農業用の倉庫に網を張って乾かしていたと聞いています。機械化が進み、45年前にこの場所に移って工場を建て直しました。その後、20〜30年前にも建て直しを行い今の形になっています。その中で、お餅をつく機械の部品を残していて、それが一番最初の頃から使っていた唯一のものです。」

 

 

あられの製造技術は、代々研鑽を重ねて受け継がれてきたとはいえ、時代とともにだいぶ機械化されてきたのだと話してくれた。

 

丸幸製菓のゆかりのあるものとして、これまでの歴史と思い入れを残しているのである。

 

社名の由来はどのよう背景があったのだろうか?

 

「『丸で続いていく』とか『幸せが続いていく』という思いが込められているのではないかと考えています。あとは、江戸時代から家系譜を遡ると、宮部家では男の子に『幸』と『源』の漢字を交互に使う習慣があり、そこから取った可能性もあります。」

 

社名は祖父が名付けたが、由来に関して当時を知る人が少なくなり、明確な答えが得られず推測に留まる。歴史ある企業ならではの一面である。

 

現社長で3代目の名前は「源宏(もとひろ)」で、先代が「幸一(こういち)」、祖父は祖父は「源一郎(げんいちろう)」であり、代々「源」と「幸」の漢字を交互に使っている。ちなみに、宮部社長の息子さんは「幸成(ゆきなり)」と名付けられており、この伝統が続いている。

 

一方で、時代の変化により、このシステムも今後どうなるかを考える必要があるという。次の世代で「源」という漢字を使った名前をどうするのか、懸念があるようだ。

 

いずれにせよ、「歴史あるものはできるだけ守っていきたい」と宮部社長ご夫婦は率直な思いを語る。キラキラネームなどが流行る現代において、歴史を重んじて伝統を踏襲する宮部家に敬意と魅力を感じる。

 

 

②家業を受け継ぐ覚悟と葛藤

 

学生時代の宮部社長は、家業を受け継がず別の道を選ぶつもりだった。当時は深い話はなかったが、将来の話になると父親や祖父から家業を勧めるニュアンスがあり、最終的に受け継ぐのだろうと感じていたという。

 

「私が大学の時は、就職氷河期で一番厳しい時代でした。そのような状況でもあり、家業を手伝う話をしたら、丸幸製菓で働く前に包装系のメーカーで修行してきなさいと勧められ、2年間経験を積んでから家業に就きました。」

 

家業に入って約20年、2024年の3月に専務から社長に就任した。社長になった今でも不安が多いと胸の内を明かす。

 

「先代が少し体調を崩していたこともあり、ここ2、3年は比較的自由にやらせてもらっていました。先代からは以前から社長交代を打診されていましたが、専務の方が自由に動けることと、先代には最後まで張り合いを持ってもらいたいという個人的な思いがあり、なかなか承諾しませんでした。」

 

宮部社長の就任に伴い、経理を担当していた奥様に専務を任せた。

 

「自社ブランドを立ち上げて小売事業に参入するという、新事業に挑戦する忙しいタイミングでもあり、私が専務の仕事も引き受けることにしました。」

 

夫婦の助け合いと絆の深さを感じさせるエピソードである。

 

 

宮部社長は、先代の思いをどう受け継げるかが、今後の経営と技術面で重要だと考えている。経営判断を迫られた時、父親ならどうするかを考えることがあるという。また、商品の品質向上の観点で、技術的な面においても父親と似た考え方をすると感じている。

 

その一方で、親子で仕事をすることに難しさを感じていたと当時を振り返る。家族で仕事をする中で、役職や立場を考慮しなければならず、家族間の関係が複雑になるため、できれば仕事で関わる家族を増やしたくないというのが本音だという。

 

息子さんへの事業継承について、宮部さんご夫婦の考えをうかがった。

 

「子どもが好きなことをやってくれればいいと思います。今後の人口減少や、今の時代の変化のスピードを考えると、形にとらわれず、自分に合った道を見つけてほしいです。」

 

一方で、息子さんが家業を継いでくれれば嬉しい気持ちもあるという。

 

「嬉しいけど、その気持ちを持つと、子どもの選択肢を狭めてしまうので、あまり良くないと思っています。とりあえず、今は私たちが頑張ることに集中します。」

 

宮部専務は、子育てと仕事は、切り離して考えるべきであると考えている。スピードと多様性と柔軟性を求められる中で、76年続く丸幸製菓の次世代継承が注目される。

 

 

③出来立ての味を届ける人気の量り売り

 

丸幸製菓では、従来のOEM事業と並行して、昨年から新事業に取り組んでいる。自社ブランドを立ち上げ、工場敷地内に直売店や自販機を設け、自社ブランドのあられを販売している。

 

「自販機での販売は昨年の8月、お盆の時期から始めました。きっかけは一昨年で、コロナがまだ蔓延していた際、簡易検査キットが自販機で販売されるのを見たことです。」

 

当初、自社ブランドのおかきを店舗で販売したいという構想があったが、コロナの流行下で売れるか不透明な中で人件費をかけるのは得策ではないと判断した。また、当時は食品を自販機で販売するブームがあったため、その波に乗ることを決意した。

 

現在は、自販機だけでなく、週1回、有人の直売店を半日だけ開き、販売している。直売店の目玉は、出来立てのおかきの量り売りである。

 

「出来立ては温かく、食感も通常のおかきと違います。お客様に出来立てを味わってもらいたいという思いから、好きな量を好きなだけ購入できるよう、火曜日の午前中だけ販売しています。」

 

 

この有人販売に来るお客様は、知名度も影響しており、まだまだ日によって来る人数の差が大きい。多くはリピーターのお客様で、インスタグラムを見た方が訪れることもある。

 

その一方で、イベントやマルシェへの出店を通じて、少しずつ認知度が上がっていると宮部専務は言う。

 

「イベントやマルシェへ出店して、あられの生地にコーティングしたり、シーズニングをかけたり、お子さんが喜ぶイベント開催をきっかけに来てくれます。市内の雑貨屋などに置かせてもらったことでその反響で来ることもあります。お客様とつながりを持つことで、少しずつ口コミで広がっているのを実感しています。」

 

大きな宣伝を行わず、お客様の口コミで広げていくのは、最良の宣伝方法である。地道にお客様とのつながりを深める活動が、知名度向上の一番の近道であることを体現している。

 

 

④あられのイメージを一新する青色のラムネ味

 

「あられ」というと、比較的上の年齢層が好むイメージがある。それもあって、子ども向けのあられ商品が少ないことにも着目したと宮部専務は話す。

 

「あられは子どもでも食べやすい食品です。もち米が原材料なので、アレルギーが出にくく、小麦アレルギーのお子さんでも食べることができるので、食育にも貢献できると考えています。」

 

丸幸製菓では「子どもでも食べやすい」に焦点をあてて、新しいあられ商品の開発に取り組んでいる。中でも、ラムネ味のあられはユニークな試みだった。

 

 

「青色のラムネ味のあられというこれまでにない商品なので、忍者のキャラクターを作って、子どもが遊び心を持ちながら親しめるように演出しました。そのまま食べても美味しいですし、あられ自体にコーティングしてあるので、アイスクリームのトッピングにすると、クランチアイスのような味わいが楽しめます。」

 

その美味しさから、大人にも子どもにも人気があり、見た目もインパクトがあるので、子どもが手に取りやすい。宮部ご夫婦も、子育てしているため、その目線を活用して新商品の企画を進めているという。

 

「今の時代は、着色料や保存料が含まれていない方がよいとされているので、極力減らしていけるように、ドライフルーツを使うなどの工夫をしています。」

 

細部まで配慮し、時代のニーズに応えている。

 

肝心の製品開発は、宮部社長が行っている。社長はほぼ毎日コンビニで買い集めては研究しているという。そのうえで、丸幸製菓の強みは社長の探究心であると宮部専務は語る。

 

「社長はあられを口にすると、これは生地と味の組み合わせがよいとかよくないとか、深い考察を始めます。ある意味、あられのオタクですね。そういった姿勢に、探究心の才覚を感じます。」

 

一方で、自分の思い付きで開発しているので、ボツになるものもたくさんあると、宮部社長は笑顔で話す。

 

「もともとOEMで大手米菓さんのものを製造しているので、オーソドックスな味が主流でした。ただ今回は、自社ブランドということもあり、商品開発の自由度が増えて楽しいんです。お客様に好まれる味を追求する面白さがあるんです。」

 

ラムネ味のあられも、自分で思いついた商品で、実際に食べて美味しいと思える味になり充実感に満ちているという。あられ好きだからこそ感じる面白さと充実感である。

 

 

⑤岐阜のあられ業界で共存共栄を目指す

 

丸幸製菓の今後の展望についてうかがった。

 

「既存のお客様を大切にしながら、ビジョンに沿って自社ブランドの事業を着実に進めていきます。一過性の企画で集客するのではなく、リピーターを増やし、お客様の生活の一部として親しまれる『丸幸製菓のあられ』を目指します。」

 

お客様に忘れられないためには、まずは美味しいおかきを作り続けることが重要だ。それにより同業者や一般のお客様からの信頼を積み重ねていける。宮部社長は、これまで通りの地道な活動が実を結ぶと信じている。

 

一方、去年から始めた自社ブランドの小売事業によって、いろいろな出会いがあったと、宮部専務は振り返る。

 

「イベント出店がきっかけで、多くのつながりを感じています。一般のお客様との交流はもちろん、うかいミュージアムさんにお声掛けいただき鮎のあられを卸しています。さらにその様子を見た『鵜飼カード』の製作の方々からもお声掛けいただき、コラボレーションにつながっています。」

 

丸幸製菓の商品や取り組みを知ってもらうことで、新たなつながりを生み、新しいビジネスに発展している。これもまた宮部専務の地道な活動の成果だ。

 

あられ業界は横のつながりが深いので、共存共栄を目指したいと宮部社長は語る。

 

「24年前は、岐阜県にあられ屋が27社ありましたが、今は9社です。経営難や跡継ぎ問題など理由はさまざまですが、約2年に1社のペースで廃業しています。だからこそ、あられ屋同士で助け合って生き残りたいです。」

 

人も会社も助け合うことで大きな変化や波を乗り越えられる。今後の岐阜のあられ屋同士のつながりや動向が楽しみである。

 

76年の歴史がある伝統の味と、新しい挑戦が詰まったあられを開発する丸幸製菓。新感覚のラムネ味のあられや、出来立ての温かいおかきなど、新たな体験ができるはずだ。ぜひ一度、足を運んでみてはいかがだろうか。

 

筆者もお土産でいただいたが、多くの方に美味しさを体験してもらいたい。あなたの「美味しい」が丸幸製菓を支え、次の一歩へ紡ぐ。

 

 

 

丸幸製菓株式会社

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