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岐阜市にある片桐合成株式会社をご存じだろうか。
プラスチック射出成型、自動車部品の開発・製造・組立を行っている企業だ。今回は経営企画課の浅野 達紀(あさの たつき)さんにお話をうかがった。
- 業務改善と自社製品開発を進める「攻めプロ」
- 品質の良さで取引先から表彰される
- パートさんと交流を深める「PPP」
- とことん話し合って経営理念を作成
- 仕事とは「Give&Give&Give」
①業務改善と自社製品開発を進める「攻めプロ」
浅野さんは新卒で広告代理店に就職。約8年働いた後、お父様が社長を務める片桐合成に参画した。浅野さんの入社当時、片桐合成はそれまであまり広告に力を入れて来なかったという。浅野さんは入社後、ホームページの作成から着手した。
「ホームページは僕が手づくりしました。他にもパンフレットを作ったり、名刺をリニューアルしたり、Instagramを始めたりしました。」
会社をどんどん改革していく浅野さん。手がけたプロジェクトの1つに「攻めていこうぜプロジェクト」、通称「攻めプロ」がある。どのようなきっかけでこの攻めプロを始めたのだろうか?
「当社のように同じものを大量生産する製造業は、変化に敏感です。変化がない方が、生産が安定するためです。「変化=不安定=悪。」ともすれば、こんな考え方もできるかもしれません。そうした風土があるためか、日常の業務の中で、新しいことにチャレンジする機会が少ないことに気付きました。であれば、そういう場をつくればいいと考え、イチから新しい仕事に挑戦する機会を設けたのです。」
そして始まったのが「攻めプロ」だ。しかし他の従業員の人たちからの反発はなかったのだろうか。
「皆さん理解のある方ばかりなので、反発はなかったです。もちろん僕の知らないところで「あいつ1人だけ自由にやってるな」という反発はあったかもしれませんが、参加してもらって「面白い仕事になりそうだな」「新しい発見があったな」と思ってもらえれば良いなと思っています。」
社内に新風を吹き込んだ浅野さん。攻めプロは2024年現在、大きく「攻めプロ赤」「攻めプロ緑」と2つのプロジェクトに絞られている。
①社内の業務改善制度(攻めプロ赤)
「テーマは『日本一働きやすい会社にしよう』です。例えばどうすれば休みを増やせるかや、残業をゼロにするためにどうすればいいかというようなことを考えています。」
②自社製品開発プロジェクト(攻めプロ緑)
「1期目は、バイオプラスチックの新素材や3Dプリンタなどの新技術を身に付けようという目標がありましたが、結局最終的にどこへアウトプットするのかが見えなくなってしまうという反省がありました。技術を身に付けた。ちょっとしたものは作れるようになった。「で、これからどうする?」となったわけです。」
ここでプロジェクト自体が立ち消えになってもおかしくなかったが、そうはならなかった。
「あえて「自社製品開発」と1期目よりもテーマを大きくしました。当社は、今まで自社製品を1つも作っていません。それなら、やってみようと。売る・売らない関係なく、イチからものづくりに取り組むという経験で、成長が図れると考えたんです。」
今まで自社製品を作っていなかった会社が自社製品を持つ、かなり革新的なプロジェクトだ。3Dプリンターをどのように活用しているのだろうか。
「3Dプリンタって、積層なんですよね。ソフトクリームみたいに下から描いていくものです。ですから横からの強度にめちゃくちゃ弱いんですよ。すぐに割れてしまうんです。ただ、今までは空想で思い描いていた「こんなのがあったらいいな」と思うものを、手軽に形にできるようになったのは大きいですね。」
これまでは形にするのに、金型を起こす必要があった。そうすると100万円、200万円とコストがかかってしまう。それを形にできるようになったというわけだ。
「今は、世の中にある困りごとを書き出すということをまずやっています。マーケティングよりも前の領域ですね。例えば、日常業務で使っている工具が使いづらいから改善できないか?という事を話したんですが「こうすれば良いんじゃないか」「それならこっちの方が良いんじゃないか」というようなことを会議で話し合っています。」
②品質の良さで取引先から表彰される
片桐合成は新しいことに従業員が一丸となって取り組んでいる。これだけでもかなりの強みだと思うが、他にはどのような強みがあるのだろうか?
「現在、当社の仕事は、ほぼ1社からいただいてるんです。金型を預かって、製品を作って、検査して、組み立てて、出荷するというシンプルな工程です。当社には、量産する前に不良品が出ない金型に育て上げるかというノウハウがあります。僕が聞いた話では、金型の熱成から取り組む下請けは少ないそうです。そこまで任せてもらえているのが強みだと考えています。」
品質の良さこそ、片桐合成の大きな強みということだ。
「2023年4月に、取引先の全サプライヤーの中で一番品質が良かったと賞をいただきました。今期もおかげ様で、不具合流出ゼロを達成しています。品質を非常に評価してもらっています。この品質を守る体制が整っているのが、当社の強みです。」
プロジェクト立ち上げ時に従業員からの反発が少なかったという話があったが、人材面での強みはどうだろうか。
「良い意味で、さまざまな人が集まっています。先日、社員全員で性格診断のようなものを実施しました。理由はコミュニケーションを取りやすくするためです。その診断をすると「私の取説」というようなものができあがるんです。」
感覚の違いで、こちら側はうまく伝えたつもりでも、相手にはうまく伝わっていなかったということは、往々にしてある。相手を知ることで、コミュニケーションを円滑に進めようというものだ。
「そのテストを提供している企業によると、製造業の場合は職人気質の性格の人が固まりやすいそうなんですが、うちは結構バラバラだったんですよ。どちらかというと、みんなで一緒にやろうという人、調和性を重視する人が多かったんです。みんなで話し合い、みんなで考える。もしかしたら甘いところもあるのかもしれませんが、他の製造業と一線を画した、当社ならではの良さだと捉えています。仕事のやりやすさや、お客様の要求に応えたいという姿勢にも、つながっていると考えています。」
さらにホームページを見ていると、片桐合成は若い人が非常に多い。これも大きな強みといえるだろう。
「従業員みんなが互いに気遣いあってくれているので、うちは人間関係が嫌でやめるということはあまりないですね。もちろん不具合を出さないよう高い責任感が必要な仕事ですが、ミスを細かく追及して責めるようなことはありません。働きやすい、穏やかな職場だといえます。ただ、休みを増やすなど、職場環境の改善には引き続き取り組んでいくつもりです。」
今後は、より一層若い人が働きやすい職場環境づくりを目指すという。
「おかげさまで、会社に若い人が増えています。皆さん辞めずに長く働いてくれています。攻めプロもそうですが、彼らが「今日はあの仕事ができる、楽しみだな」と思える仕事をどんどん作りたいと思っています。」
③パートさんと交流を深める「PPP」
2024年4月現在、片桐合成は社員が15名で、パートが約30名程在籍している。浅野さんいわく、パートの方たちが事業の中で大切な役目を担っているという。
「製品を出荷する前に検査する、最後の砦を担当するのがパートの方々です。パートさんがいなかったら、当社は回らないですね。」
そんな大事なパートの皆さんへ感謝の気持ちを込めて、片桐合成では毎月7日にPPP(パートさん・プチ・パーティ)と称してお菓子を配るイベントを実施している。
PPPは、浅野さんが前職でうれしかった経験がベースになっている。
「前職で、僕は外回りの営業をしていました。当時、内勤の人たちが資料を作ってくれていました。ただ営業にはインセンティブがありますが、内勤の方にはありませんでした。また表彰制度もありませんでした。ある日、日頃の感謝を込めてクオカードを渡したところ、すごく喜んでもらったんです。」
前職の内勤の方たちとは、退職して何年も経った現在でも、ご飯に行くなど良い関係が続いているという。
パートの方への感謝の気持ちをわかりやすく伝えたいということで、始まったPPP。ただお菓子を配るだけではなく、お菓子を決める人を社員でローテーションしているのがポイントだ。今月は○○さんのお菓子と決めて、顔写真入りのポスターで告知をする。お菓子を通じて社員とパートの垣根を払い、会話を生み出す仕掛けをしているのだ。
「実施してみて思ったのですが、やはり正解でしたね。毎月7日が近づくと、会話の中でPPPの話が聞こえてきてうれしくなります。ちょっとした仕組みで交流のきっかけを作れました。会社としては月1万もかからない取り組みですが、それ以上のコスパがあると感じています。」
④とことん話し合って経営理念を作成
片桐合成の経営理念は次のとおりだ。
・従業員の幸せを追求する会社を目指します
・お客様に誠実に向き合う会社を目指します
・創意と工夫で未来を築く会社を目指します
この経営理念ができたのも、浅野さんの入社後だ。
「入社してから、社内の課題を洗い出しました。そのときに気づいたのが、経営理念がないと「何のためにこの指示が出ているのか」「なぜこのようなやり方をしているのか」と疑問をもったときに、行きつく先がないということです。」
もちろん、これまでも全く理念がなかったわけではない。品質的な目標は、昔からずっとあったという。
「その目標を見たときに感じたのが『それってお客様の協力工場でしかなくない?』というものでした。会社としてどうありたいのか、会社としてどう人を育てていくのか、というのがありませんでした。「片桐合成らしさ」を定義しましょうということで、とことん話し合い「こういうのを大事にしていきたい」「これからもこういうことをやっていきたい」というのを理念に込めました。」
ただの下請けではなく、独立した理念に基づいて、会社を動かしていこうということだ。
「創業からの歴史の中で紡がれてきたアイデンティティとこれからの未来を見据えた意思を言語化したのです。強い組織を目指し、経営理念をもっと体現していきたいと考えています。」
さまざまな取り組みを成功させてきた浅野さん。社長であるお父様は、それに対しに何か言ってくることはなかったのだろうか。
「最初は多くありました。新しいことよりも、まずは目の前の仕事をやりなさいという話もありました。」
やはり最初のうちは反発もあったようだ。どのように信頼を得ていったのだろうか。
「これまで社長に出した提案の数は、大小含めると100はあります。その中からお金がかからず、今すぐ手軽に取り組めて成果が出るものから着手し、細かいサイクルを回すことによって、効果があることを、少しずつ社長にわかってもらえました。」
提案が通らなかったと諦めることなく、たくさん提案し、かつ成果を上げて少しずつ信頼を積み重ねていったのだ。その努力が実を結んだのが、2022年に発足した経営企画チームだ。
「経営企画チームの発足は『そんなにやりたいことがたくさんあるなら、そういうポジションを作るところからやってみたら』ということで始まりました。」
浅野さんの成果が認められ、社内に新たな部署が誕生したのだ。
⑤仕事とは「Give&Give&Give」
浅野さんは現在、1社の取引に頼っている現状から脱却したいと考えている。
「僕のもうひとつの肩書は、営業です。今まで社内には営業がいなかったので僕が営業を引き受けて、いろいろな企業や展示会に顔を出して、コネクションを作っています。」
もちろん、取引先と仲良くなっても、そこから大きな仕事につなげるのは簡単なことではない。一番の問題はキャパシティだ。
「仕事をもらえたとしても、受けられるキャパシティがないのが現状です。そのためには設備投資が必要です。その選択肢を取るまでの間は、下地作りをやっていきたいです。」
Instagramやホームページ、パンフレットなどもその一環。少しずつ、声を掛けられることが増えているという。未来を見据え、一歩一歩、着実に地盤を作っているのだ。
最後に、浅野さんの座右の銘をうかがった。
「座右の銘は「愛の伝道師」です。前職時代の尊敬する上司がよく口にしていた言葉です。『愛を伝えつづけること、Give&Give&Give&….が仕事なんだ』と教わり、今でもそれを大事にしています。どれだけGiveできたかを一つの指標にして仕事をしています。」
確かに仕事は「Give」の積み重ねだ。見返り(Take)を求めてしまうと、なかなかうまくいかない。その人のためになりたいという気持ちで「Give」を続けることで、ふとしたときに「Take」という形で返って来る。だからこそ、仕事は面白いのだ。
浅野さんの取り組みは、製造業のみならず、多くの中小企業にとってヒントになることが多い。もし興味をもったらぜひ片桐合成のホームページやInstagramを訪れてみてほしい。