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柳ヶ瀬にある「喫茶星時(ほしとき)」をご存知だろうか。
自家製のケーキや自家焙煎の珈琲を堪能できたり、スペースを貸し出してイベントを開催したりと、「地域の喫茶店」として大人気のお店だ。今回は店主の樋口 尚敬(ひぐち なおたか)さんにお話をうかがった。
- リスク管理で独立!関西カフェ巡りが生んだ「喫茶星時」
- 流行りに左右されず柳ヶ瀬に愛される喫茶店
- 人との関わりが好き!喫茶とレンタルスペースの二刀流!
- 苦境からのイベント開催で地域交流の場に!
- 柳ヶ瀬の循環を紡ぐ喫茶星時
①リスク管理で独立!関西カフェ巡りが生んだ「喫茶星時」
もともと笠松出身の樋口さんは、大阪の大学に進学した後、兵庫県で就職した。就職のタイミングで、カフェ巡りが趣味になり、樋口さんが飲食業に興味を持つきっかけとなった。
関西圏は交通網が発達していたので、兵庫に限らず大阪・京都・奈良と幅広い地域のカフェを巡ることができた。関西圏のカフェは、古いお店から新しいお店まであり、回転も早く、どれだけ巡っても尽きなかったという。その中で、樋口さんは大好きなお店と出会った。大阪に店舗を構える『星霜(せいそう)珈琲店』である。
喫茶ベースのお店は、席数が12〜16席ぐらいで、すべて店主一人で営んでいた。樋口さんは、星霜珈琲店に憧れを抱き、のちに『喫茶星時』をオープンする際、大きな影響を受けたという。
「星霜珈琲店がモデルケースでした。すべてを店主一人で営む形態が私の目指す形でしたので、リスペクトとともになりたい姿でした。モデルケースとして、大事にしたかったので『星』の字をいただいて『喫茶星時』と名付けたんです。」
樋口さんは後日、星霜珈琲店を訪れ、店主に喫茶星時の由来を話し、笑顔で許可を頂いたという。樋口さんの律儀な人柄が垣間見える。
一方で、サラリーマンから自分の店舗を持とうと、大きな決断を下した樋口さん。自身のことを消極的でリスクに敏感なタイプと評するが、不安は無かったのだろうか?
「実は、独立前に2つの喫茶店で働いて経験を積みました。そのときに、店舗の経営状況も把握できる立場を任されていたので、飲食業界が金銭的にも体力的にも大変な業種であることを知りました。私はその経験から、喫茶店からレストランへクラスアップして給料を上げるか、独立するかの2つの選択肢しかないと思ったんです。そんなときに、ご縁があって物件が見つかり独立しました。」
リスクに敏感な性格を逆手に取って、独立前に飲食業界に飛び込み、相場感を知る経験をしていた樋口さん。その経験から2つの選択肢を導き出し、独立を果たした。まさに、縁とタイミングを感じる出来事だ。
②流行りに左右されず柳ヶ瀬に愛される喫茶店
樋口さんは喫茶星時を創業した時から、『地域の喫茶店になりたい』という想いを掲げている。流行りに左右されず、ずっと残り続けて、地域に必要とされるお店を目指しているのだ。
独立前の飲食業界での経験を通して、喫茶星時がいかに長く続けていけるかを日々考えている。そのため、星霜珈琲店をモデルとしたイメージからは、だいぶ変化した。現在は、残り続けている店舗からヒントを得ていると樋口さんは言う。
「今の喫茶星時は、喫茶店がベースにありますが、何人かのお客様にはまるで『公民館』のような場所だと評されることがあります。」
地域に根ざす喫茶店として、柳ヶ瀬のコアな方が集まる場所になっている証だ。ところで、樋口さんの地元は笠松だが、なぜ柳ヶ瀬を選んだのか。理由は、独立前にポップアップで出店した場所が柳ヶ瀬だったからだ。そのご縁もあり、柳ヶ瀬を候補の地域として考えていたという。樋口さんが持つ今の柳ヶ瀬のイメージは、一般的なものとは異なる。
「私が関西から戻ってきたのは、路面電車が無くなった翌年の2006年です。当時の柳ヶ瀬は一番苦しい時期でした。それに比べたら、今の柳ヶ瀬は賑わっている印象しかありません。よくシャッター街と言われますが、私には盛り上がっている柳ヶ瀬としか見えないんです。」
最近は、若い店主も増え、積極的なイベントをたくさん仕掛けたりと、良い意味で激しい変化が起きている柳ヶ瀬。
そんな柳ヶ瀬にあって、『公民館』と地元の方に評されるほど地域に根ざし始めている喫茶星時。『地元の方が集まれる喫茶店』として、新たなモデルケースの誕生を感じる。
③人との関わりが好き!喫茶とレンタルスペースの二刀流!
喫茶星時は、『喫茶店』と『レンタルスペース』という2つの大きな魅力を持つ。
喫茶店では、自家製のケーキと一部自家焙煎した珈琲を、こだわりをもって提供している。ケーキは独立前に働いていた店舗で修得した技術を活かして、『お客様が食べやすい、食べ続けやすい』をモットーに、お客様目線で心を込めて作っている。
オーダーケーキも受け付けていて、そのときはエディブルフラワーを使って華やかさを演出する。そのこだわりはインスタグラムでも反響を呼んでいる。
レンタルスペースは、喫茶星時の店内スペースを貸し出すサービスだ。通常営業と並行して一部のスペースを貸し出す形式と、喫茶店全体を貸し出す形式の2パターンがあるが、大半のお客様は一部貸し出し形式を選ぶという。
「少人数の場合は、ドリンク代のみでOKとして、基本的に会場費はいただいていないんです。イベント企画者の多くは本業を持ちながらの方、趣味を少し共有したい方などスタートアップの方が多いんです。その方々が一番悩むのが集客です。人が集まるか未知数なので、少しでも企画者の不安を取り除ければと思っています。」
企画者の背景や気持ちを先回りする樋口さん。配慮の行き届いた対応に地域の方への支援の姿勢を感じさせる。
喫茶星時を使って行われるイベントは多種多様だ。演劇、手芸、手話、ヨガ、タロット占い、映画上映会、AI勉強会、卒論発表会など一つのジャンルにとらわれない。樋口さんは、イベントの持ち込みは基本的にはウェルカムで、あまり断らないという。
「喫茶星時を貸し出してのイベント開催を、年間100件ほど行っています。もともとこういった店内飲食とイベント企画の両方を行うカフェ業態は、この辺りではやながせ倉庫にある『ビッカフェ』さんが始められていましたが、その次は喫茶星時だと自負しています。」
樋口さんは、喫茶店業務やイベント開催業務に携わる中で、自分が人との関わりが好きでその想いがベースにあることを、改めて実感しているという。
④苦境からのイベント開催で地域交流の場に!
レンタルスペースの提供を始めたきっかけは、喫茶星時を柳ヶ瀬の人たちに知ってもらうためであった。
喫茶星時の課題は、立地に恵まれていないことだ。外からは入口が見えにくく、2階にあるため、階段を上がらなければならない。オープン当初、多くのお客様が通り過ぎていくのを目の当たりにして、課題を痛感したという。
「お客様に2階に上がってきてもらうためにはどうしたらよいか?を考えたときに、イベントを誘致する案を思い付きました。イベントがあれば、必ず上がってきてくれるので、そこからお店を知っていただこうと、集客目的で始めました。」
立地に恵まれない中で、地域での認知度を上げるために思いついた秘策。樋口さんの経営者としての苦悩と創意工夫がうかがえる。また、企画者と触れ合う中で、イベントや企画者そのものの面白さに気づき、集客とは別の価値も見出すようになる。
特に注目すべきは、2年前にスタートした『卒論発表会』である。演劇イベントでつながった友人から、卒論の話を聞いたことがきっかけだった。友人の大学の卒論テーマが柳ヶ瀬で、その話に樋口さんが興味を持ち、是非卒論を聞きたいとなり、卒論発表会を開催したのだった。
その時に卒論を発表した方は、現在はサンデービルヂングマーケットの実行部隊におり、その方から、今年も同様に卒論発表会を開催したいと依頼を受けたという。
「卒論発表会は、柳ヶ瀬の地域の人たちを集めて、直接大学生の発表を聞いていただく形式で開催しています。」
柳ヶ瀬に根ざしている方々を招くこのイベント。依頼者からも恒例行事にしたいとの手応えを感じるコメントをいただいているという。樋口さんの一貫性のある想いが、着実に実を結んできている証だ。
⑤柳ヶ瀬の循環を紡ぐ喫茶星時
樋口さんは、地域の人と交流して連携することで、柳ヶ瀬に貢献したいと考えている。
「地域に貢献した分だけその地域の人にまた利用していただける。特に地方ではそのように循環するものなので、大事にしていきたいです。その循環がうまく機能すれば、地域外の人たちにも『あそこは賑やかな街だ』とうまくいっているように見える。その結果、外部のお客様の流入も見込め、相乗効果が期待できると思います。」
樋口さんは現在、喫茶星時でのイベント開催とは別に、柳ヶ瀬の人との交流企画に参画している。それが男子限定の飲み会だ。きっかけは、柳ヶ瀬に越してきた自営業の男性からの相談だった。気軽に飲みに行く相手がいないとのことだったので、樋口さんは友人を募って飲み会を開催した。
飲み会は大盛況で、さらに多くの人を集めて交流したいという声が上がった。樋口さんは企画の成功を通じて、柳ヶ瀬に移住されてきた県外出身の男性が、地元の人との交流を求めているニーズを確認し、定期的に男子限定の飲み会を開催するようになった。
「いろいろな業種の方が集まるので、こういうコミュニティ活動を続けていれば、自然と何かが生まれていきます。種自体は小さく蒔いているので、今はそれを育てていく感じです。」
きっかけを起こせば、あとは自然と面白い取り組みが生まれてくる。人との関わりが好きな樋口さんだからできる、柳ヶ瀬への貢献である。そんな樋口さんが、喫茶星時で仕事をしていて最も楽しい瞬間は、『空間が整っているとき』だという。
「絶妙に空間が整うときがたまにあるんです。お客様全員がリラックスしている瞬間が。うちは『地域の喫茶店』が目標なので、うちに来たらこれを楽しんでほしいというのがありません。だからこそ、お客様なりにこの空間で楽しんでいるのがわかるときが一番楽しいんです。」
お客様一人ひとりが思うままにリラックスして、自分なりに楽しめる喫茶星時は、贅沢な空間だ。樋口さんは『且坐喫茶(しゃざきっさ)』という言葉を大切にしている。
「この言葉は『どうぞ、座ってお茶をお上がりください』という意味で、どのようなお客様がいらしてもその気持ちでありたいと、日々思っています。」
イベント参加目的で行ってみるもよし、自家製のケーキに舌鼓を打つのもよし、自分だけの時間を贅沢に過ごすのもまたよい。柳ヶ瀬に根ざす『喫茶星時』に一度訪れてみてはいかがだろうか。