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岐阜市にある「カムカムスワロー」をご存知だろうか。
飲み込む力が低下した方でも食事を楽しめたり、医療の相談を気軽にできたり、「食」を通じた地域コミュニティとして最適な場所だ。今回は理事で歯科医師の近石 壮登(ちかいし まさと)さんと、言語聴覚士の蛭牟田 誠(ひるむた まこと)さんにお話をうかがった。
- 「カムカムスワロー」誕生秘話
- 医療相談も気軽に行える場所
- 食の重要性と地域コミュニティをつなぐ近石医師
- 医療と地域を紡ぐ先駆け的存在!
- 「食べる」から始まる健康!
①「カムカムスワロー」誕生秘話
「カムカムスワロー」は、歯科が中心となって取り組んでいる「食」を通したコミュニティスペースだ。運営は近石病院が行っており、カムカムスワローの理事である近石医師は、近石病院の歯科・口腔外科にも所属している。
食べ物を咀嚼(そしゃく)するという意味の「噛む」と、お客様が来るときの「COME」、この2つのワードをつなげて「カムカム」とした。「スワロー」は名詞だと燕という意味であるが、動詞だと飲み込むという意味があるため、「カムカムスワロー」と名付けた。
カムカムスワローを立ち上げた経緯は、近石医師が患者様への診療を通じて感じた、「食」への想いがきっかけだった。
「普通の食事を召し上がれなくなると、患者様は外出しなくなるんです。食事の問題で外出しなくなると、身体も動かさなくなる。こういった負のループを食い止めるため、飲み込みの障がいがある人でも食事に行ける、障がいがない人と一緒に食事ができる環境があればいいな、というのがきっかけです。」
カムカムスワローの立ち上げ前には、「ガヤガヤ会議」と称して、病院の医療スタッフだけでなく地域の方も巻き込んで、ワークショップ形式でコンセプトを詰めた。地域のコミュニティのスペースとして、どうあればいいか?喜ばれるのか?を何回も話し合ったという。
「食」はいろいろな人が携わる広いもの。こうして「食」を中心に地域の方が集まる場があったらいいな、と想いを込めて誕生した。
病院関係者だけでなく、あえて地域全体で一から話し合って作り上げた理由を、近石医師にうかがった。
「今の病院は、病気の予防など、病気の治療以外にもいろいろ役割があります。だから、病気になる前から地域の方と結びついて、何かあったらいつでもすぐに治療が受けられるような関係性(=地域医療連携)を作っておくのが理想です。」
少子高齢化社会で人手不足の中、予防医療と地域全体で見守る体制作り、まさに地域医療連携を見据えた、患者視点で今の時代にフィットした考えであると感じた。
日本には「嚥下障害」がある患者様が100万人以上いるという。さらに、高齢化により噛む力や飲み込む力が衰えてくる方も含めると、潜在的にはもっと多い。最近では、お子さんも増えているとか。それを少しでも解決していくために、カムカムスワローは誕生した。
②医療相談も気軽に行える場所
カムカムスワローでは、管理栄養士と言語聴覚士の医療専門職が常駐し、モーニングの提供を行っている。普通の食事が召し上がれない方には、管理栄養士が食べやすいように聞き取りを行い、提供してくれる。
また、言語聴覚士の蛭牟田さんが、介護予防を中心としたイベントやセミナーを開催している。言語聴覚士は、飲み込みのリハビリに関わる仕事をしており、介護の分野に強みを持っている。
「モーニングを通じて地域の方が交流して健康になっていく、そういう部分が特徴だと思います。また、管理栄養士や言語聴覚士が常駐しているので、ちょっとした医療の相談も気軽に聞けます。病院に行くほどではないけど、どこに行けば良いのかのかわからないという時がありますよね?そんな時に気軽に相談していただければ、必要なところへ繋ぐこともできます。」
カムカムスワローは、医療について気軽に相談できる場となっているのだ。わざわざ病院にいくのは気が重いけど、ここなら食事の流れで相談もできる。配慮と思いやりが感じられる、まさにお客様視点の場所である。
金曜日はシェアキッチンのため、キッチンを貸し出す。いろんな店舗が出店するそうで、職員の方もお弁当を求めて買うという。木曜日以外はランチも提供しているが、管理栄養士監修のもと作られたメニューは豊富で、ボリュームもあるため、お客様からおいしいと大好評である。
カムカムスワローのスタッフの中には、耳が聞こえない方もいる。そのため、指差しだけで注文ができるメニュー表にしたり、声を使わなくても気づけるシステムを導入したりと、働くスタッフの方への配慮も行われている。
「カムカムスワローには、インクルーシブ(全てを包み込む)という考えがあります。飲み込みの障がいがある人でも障がいがない人と一緒に食事ができるという基本的な考えがあるうえで、お客様はもちろん、働いているスタッフに対しても同様の考えをもっていますので、みんなが働きやすい仕組みを取り入れています。」
さらに、耳が聞こえないスタッフの方による、手話教室も定期的に開催されている。まさに、「全てを包み込む」を体現する、新しいカフェの形の取り組みだ。
カムカムスワローの取り組みは、医療業界以外からも注目され評価を受けている。それを証明する一つがグッドデザイン賞の受賞だ。しかもベスト100に選ばれた。グッドデザイン賞は、一般的に「モノ」に対してのコンセプトやソフト面を評価する傾向にある。ところが今回、「障がいのある人もそうでない人も一緒に来られるインクルーシブなカフェ」として評価されたのである。
自分たちの想いと取り組みが評価されたことに、「この受賞は本当にありがたいことです。」と話される近石医師の嬉しさもひとしおである。
③食の重要性と地域コミュニティをつなぐ近石医師
もともと父親が医師であった近石医師は、子どもの頃から父親の影響を受けて、自身も医師の道へ進んだと思われがちだ。しかし、実際はそうではなく、学生時代には医師の道に興味がなかったと話す。
「もともと文系の大学に入学して政治学を専攻し、地方自治や社会学を学んでいたので、社会との関係性に興味がありました。文系の大学時代は、リーマンショックの影響で、みんな希望する就職先に行けない状況でした。そんなときに、母親が介護施設を運営しており、そこで「食」に触れたことで、その重要性を目の当たりにしたんです。この分野であれば、自分も何かできるのではないか?と考え、歯科大に入学し直したのがきっかけです。だから、社会との関係性と「食」を通じた健康の重要性が、私の中で繋がっているんです。」
異色の経歴だが、地域コミュニティという発想も、文系の大学の学びが活かされているのだろう。カムカムスワローでの自身の活動を振り返り、自分が楽しくワクワクできるから行っているだけで、その結果地域の方に喜ばれれば、自分も嬉しいという思いのもと行っているそうだ。
偉ぶることはなく、謙虚で気さくで物腰の柔らかい近石医師。医師でありながら、経営者の側面を持つ、いわゆる二刀流を支える秘訣についてうかがった。
「言語聴覚士の蛭牟田さんがマネジメントを行っていただけるので、実現できているのだと思います。大体私が思いつきで話すと、蛭牟田さんがそれを実行してくださいます。助言をいただいたり、こういうのはどうですか?と新たな提案をくださるんです。二人で協力して進める、まさにチームワークですよね。」
縁の下の力持ちがいるからこそ、カムカムスワローは今日も成長し続けている。
④医療と地域を紡ぐ先駆け的存在!
カムカムスワローの想いや取り組みは、医療業界を越えて、さまざまなところから注目されているが、行政とタッグを組んだ取り組みはあるのだろうか?近石医師にうかがった。
「ないです。逆に、こういう新しい取り組みは行政の制度が追いついてないんです。オープン当初は、理解を得るのが難しく認可していただくのが大変でした。」
医療には医療法があったり、カフェには食品衛生法があったりと、それぞれ縦割りで住み分けがなされているのだ。カムカムスワローは、住み分けを取っ払った場所なので、その分当初は苦労が多かった。
ただ、いざ認可されてオープンしたら、市長からも期待の声をかけてもらえるようになった。また、イベントによっては、今年から岐阜市から補助をしていただけるようになったとのこと。着実に支持を得ている証だ。
カムカムスワローにお越しになるお客様は、意外にも地域の一般の方が多い。カフェとして利用されるお客様が半分以上いる。地域の人同士で交流ができるカフェとして認知されてきている。たまに、両親が飲み込みの障がいを持っていたり、施設に入っていたりして、外食したいときに利用する場合もあるそうだ。
「一緒に食事をするのを諦めていたけど、こういう場所があって嬉しいと言っていただくと、やっててよかったなと心から思います。」
近石医師が抱いていた当初の想いと重なる、お客様の素直な心の声である。
着実に想いを形にしてきたカムカムスワローだが、課題もあるのだという。
「課題はいろいろありますが、障がいの方に対応するときに、人員が必要であったり、時間や手間がかかるため、多くの人を常駐させる必要があるんです。」
一方で、カムカムスワローのようなカフェをやりたいという医療関係者が、最近多いそうだ。神奈川や大阪など全国から見学にくる。まさに先駆け的存在だ。
最近では、介護予防の教室に参加したことで新たなコミュニティができ、友達ができるという良い連鎖も起きている。カムカムスワローを起点として、コミュニティが広がり、それが生きがいになっていく。
課題はあるが、カムカムスワローは先駆者的存在として、地域の方にとって無くてはならない場所になりつつある。今後も目が離せない。
⑤「食べる」から始まる健康!
今後新たに取り組みたいことをうかがった。
「カムカムスワローのような「嚥下障害のある人でも飲食ができる店」を、地域で増やしたいと思っています。」
すでに、美殿町にある「ナチュラルベース」、神田町にあるフランス料理の「BISTRONOMIE TKM」の2店舗が協力してくださり、予約をすれば提供できる状態まで進めているという。今後は、それ以外の店舗にも地域の枠で広げていきたいそうだ。
現在力を入れているのが旅行だ。食事の問題がクリアできれば、旅行にもいけるのではないかと考え、金沢にあるホテルの「香林居」(こうりんきょ)と、大学の先生に協力していただき、障がいのある方でも旅行にいける取り組みを始めている。
もともとの案は、近石医師の後輩の方が発案したもので、その案に近石医師も賛同した。去年の11月にトライアルという形式で第1回を開催。その際は、参加者を無料で招待したという。
このような取り組みを聞くと、一病院が行う取り組みとしては範疇を越えたものとさえ感じる。なぜそこまで行うのかを近石医師に迫った。
「健康を医療だけの視点で考えると、限られた側面でしか見れないと思うんです。「食べる」を医療だけで見ると、単なる「栄養確保」になるので、食べるストーリーや背景が見えづらく、結果的に医療だけでは健康全体を追うことができないんです。「食べる」という事でいうと、医療従事者以外の方も巻き込むことで、健康につながっていくと思っています。健康って、体の健康だけじゃなくて、精神的な健康もありますから。」
「食」の重要性を目の当たりにして歯科医師になられた経験があるからこそ、広い視野と知見をもたれている。
近石医師は、「上善如水」(じょうぜんみずのごとし)という四字熟語が好きで座右の銘にされているそうだ。
「水はみんなにとって必要なもので、ときに洪水のような力強いものであったり、ゆるやかな川の流れであったり、そのときどきで臨機応変に対応できる欠かせないものです。私は、水のように臨機応変に対応ができたらいいと思っています。」
良い意味で病院や医師の枠にとらわれず、時流に合わせて取り組む姿勢が、まさに座右の銘を好む理由そのものだ。頭でっかちではなく、いろいろな人と話すことが大事だと話してくれた。
「近石先生と真逆ですが、私は「継続は力なり」です。コツコツ続けることが大切だと考えています。」
そう語るのは、縁の下の力持ちである蛭牟田さんの座右の銘。
臨機応変に対応しながら、コツコツ継続する。近石先生と蛭牟田さんの唯一無二のチームワークで、岐阜を起点に「食べる」を通じて健康につなげてほしい。
人生100年時代の今、健康は誰にとっても重要だ。まずはカムカムスワローへ行って、モーニングを楽しんでみてはどうだろうか?