ところで「かかみがはら」ってどうやって書くんだっけ?
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一般社団法人かかみがはら暮らし委員会をご存知だろうか。
岐阜県各務原市を拠点に活動する「まちを楽しむ人たちのコミュニティ」だ。今回は代表理事である長縄 尚史(ながなわ ひさし)さんにお話をうかがった。
- 各務原の人たちをつなぐ「カカミガハラスタンド」
- 髪のデザインからまちのデザインへ
- ターニングポイントとなった各務原のドラマ
- 美容の仕事で鍛えたアドリブ力を発揮
- キーワードは「前向き劣等生志向」
①各務原の人たちをつなぐ「カカミガハラスタンド」
かかみがはら暮らし委員会は、2016年8月4日に設立。各務原市主催の祭典「マーケット日和」の運営をきっかけに出会ったさまざまな職種の人たちが集まって発足した。
緑豊かな公園「学びの森」に佇むカフェ「カカミガハラスタンド」を運営している。カフェでは誰でも参加できるイベントを開催、また月1回の「寄り合い」と呼ばれるまちの交流会もある。
そんな「かかみがはら暮らし委員会」の代表理事を務めるのが、長縄さんだ。以前にインタビューさせていただいた「おにぎりと豚汁 つつむ」の谷口さんの同級生でもある。谷口さんの事業も手伝っているという。
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「僕が現在手掛けていることは、大きく2つあります。1つはこのエリアのまちづくり、もう1つはお店の立ち上げやブランドの立ち上げのお手伝いです。コンサルというよりも、伴走者のような立ち位置ですね。「つつむ」もそうなのですが、良い意味でクセがある会社の仕事をお手伝いしています。」
長縄さんは、2013年から「マーケット日和」の運営に関わるようになる。そして2016年「マーケット日和に来てくれた人たちに、もっと学びの森を日常使いしてもらおう」と、「かかみがはらくらし委員会」を設立。学びの森の一番南側に「カカミガハラスタンド」をオープンさせたのだ。カフェでは季節ごとにブレンドを変えるコーヒーや、ふかふかの蒸しパンなどが楽しめる。
「カフェをやることがゴールではなく、カフェをやることで、どう地域が変わっていくのかということを考えています。公園の使い方のひとつとして楽しんでもらうために、テイクアウトをベースにしています。」
カカミガハラスタンドは、「ヒトとヒト、ヒトとコト、ヒトとモノをつなげていくことで、新たな面白い、楽しいが生まれ、関わるヒトが増え、自分事として、楽しめる、動くヒトが増えていけばマチはきっと面白くなるはず」という想いのもと、2024年現在も運営を続けている。
②髪のデザインからまちのデザインへ
そんな長縄さんは、もともと美容室のオーナーをしていた。
「現在はほとんどハサミを持つことはありません。ただ美容師の仕事は今でも好きです。」
現在はまちや企業をデザインする仕事をしている長縄さん。まったくかけ離れた業界かと思いきや、共通項があるという。
「美容院に来るお客様には『何となくこんな感じにしてほしいんです』というイメージはあるものの、明確な答えを持っていないことが多いです。あまり「ここは何センチ、ここは何センチ、カラーの品番はこれで」って細かくオーダーするお客様はいないですよね。イメージはできるけど、見たことがないものを提供していくのは、美容師に限らず、デザイナーにも必要なことです。ただ『そうそう、どこかで見た、この感じにしたかったんですよね』でもOKな場合もあるんですが、まちづくりはもう一歩クリエイティブなところに踏み込む必要があります。ヒアリングして、答えを探しながら進めていきます。」
長縄さんは、学びの森での活動を「地下アイドル」にたとえた。
「例え話ですが、地下アイドルに例えるなら学びの森ちゃんは、すごく可愛い目をしているけど、前髪が長くて目が見えていないんです。そういう勿体無い所に対して『学びの森ちゃんだったら、可愛い目が見えるこういう髪型もいいんじゃない?』というのをいろいろやってきて、それがようやくイメージになった感じです。ハサミを使うか使わないかだけで、考え方のフレームワークは一緒なんです。」
日頃から企業や行政などのステークホルダーに対してプレゼンする機会が多いであろう長縄さんの説明を聞いてとてもわかりやすいと感じた。
③ターニングポイントとなった各務原のドラマ
美容師だった長縄さんが、まちづくりに関わるようになったきっかけは、市制50周年を迎えた記念として2013年に作られたドラマ「各務原よ 大使を抱け!」だった。キャストやスタッフとして、多くの各務原市民が携わっている。
「実は高校時代、進路希望の選択肢のひとつに映画監督がありました。それもあって、何となくフラッとそのプロジェクトに市民として参加したんです。演出班に所属し、最初のミーティングが終わった瞬間に、神道俊浩監督から『長縄さんがリーダーね』と、指名されたんです。」
監督直属のリーダーとして、全体管理を任された長縄さん。演出班のリーダー、イコール市民のリーダーとして認知されるようになる。メーテレ、市役所、市民団体の橋渡し役となることも多かった。かなり大変だったのではないだろうか。
「このドラマに関わっている全員にそれぞれ事情や都合があり、そのバランスを取りながらやっていかなければなりません。ですから正直めちゃくちゃ大変でした。このドラマが成功して市民団体が立ち上がり、今度は映画をつくることになったんです。」
沖縄国際映画祭(2024年で終了)の地域発信映画枠に市民団体のメンバーが応募し、映画を作ることが決まった。『きっといつの日か』という親子の確執を通して、夢や希望、親子の絆、家族愛、人との繋がりなど、さまざまなメッセージが込められた映画だ。
映画祭を運営する吉本興業、市役所、市民団体、さらに吉本興業が外部から集めた監督をはじめとした映画を作るチーム。この四つ巴の真ん中に立つことになったのが、長縄さんだったのだ。
「吉本興業のプロデューサーの方から『みなさんの架け橋を長縄さんがしてくださいね!』みたいな感じで言われました。自分に務まるのか?と思いましたね(笑)」
かなり大変な役割ではあるが、誰かが担わなければならない。それを見事にやり遂げた結果「市と市民団体で何かをするときは、長縄さんにお願いしよう」という流れができ、各務原市の秋の祭典「マーケット日和」でも、長縄さんに白羽の矢が立ったのだ。
ふらりと参加したドラマで、今後の人生が大きく転換した長縄さん。美容院を経営していた頃には、考えられなかった展開ではないだろうか。
「そうですね。ただお客様が変わるごとに、フレームワークに沿って考え、変えていくのは美容師でも同じですからね。とても大変でしたが、自身の経験が活かす事ができたと感じています。」
お客様が自分に何を求めているのか。それを美容の世界で常に考え抜いて来たからこそ、一見まったく異なる仕事でも対応できる力が身についているのだ。
④美容の仕事で鍛えたアドリブ力を発揮
プロジェクトを進めるにあたって、長縄さんが気をつけていることは何だろうか?
「一番やってはいけないのは、こちら側が既に持っている答えをお客様に押し付けることです。主観的になりすぎてしまったり、自分たちの都合が優先になってしまったりするからです。重要なのは、相手と一緒に考えることです。この考え方が、意外と他のプロジェクトでも活かされたなと感じました。美容の仕事は、日々がアドリブの極みですからね。」
そんな長縄さんは、美容の仕事でスタッフにいつも言っていた言葉があるという。
「お客様に、天気の話はしないでくださいということです。」
天気といえば、そこまで親しくない人と会話をするきっかけの鉄板だ。なぜだめなのだろうか?
「天気の話題だと『この子、頑張ってこの時間を何とかもたせようとしているんだな』というのが、お客様にはすぐにわかってしまうんですよね。話が上手い下手とか、できるできないではなく、その人が本当に興味を持ちそうな話題をしてくださいと伝えています。それよりも『そのメガネ、フレームがけっこう厚いんですね。どこに行ったら買えるんですか?』とかのほうが、そのお客様に対して興味があるんだなと感じるじゃないですか。」
確かに、会話が弾む美容師さんは、その人が興味を持って話せそうな話題を見つけるのが上手だ。
「美容の仕事は、日々がアドリブです。そしてアドリブの第一歩は相手に興味を持つことなんです。僕はどこに行っても、誰と話しても、何かしら興味を持てるんですよ。すれ違う人に対しても「この人はなんでこの髪型をしているんだろう? どんな仕事をしているんだろう?」というのを日々考えています。」
美容の仕事で日々培った長縄さんのアドリブ力が、新たな世界への扉を開いたというわけだ。美容師の仕事を選んだ長縄さんだが、きっとどの仕事に就いても能力を発揮しただろう。
⑤「前向き劣等生志向」で解決策を考える
長縄さんは今後、どのような取り組みをしていきたいと考えているのだろうか?
そう尋ねると、意外にも「まだ僕がやるべきことに出会っていないと思う」という答えが返ってきた。
「半分は格好つけですが、半分は本気でそう思っています。私はもうすぐ50代になります。50代になると、少しずつ自分の身体のスペックも落ちていくし、感覚的にも若い人たちとどんどん合わなくなっていきます。キャリアとして晩年を迎えていく中、必要とされていることに対して、最大限応えていきたいと思っています。それはもちろん、現在のように公園やお店にかかわることでもいいのですが、まだ他に道があるのではないかという気もしています。」
「自分を一番活かせる使い方って、実は自分が一番知らなかったりするじゃないですか。自分のスペックを最大限に活かせる場所、自分のことを必要としてくれている人がまだまだいるのではないかという気がしています。正解を決めたら、そこで終わりです。正解は常にアップデートしていくもの。そうだよねと受け入れるのではなく、答えを求めてギリギリまであがき続けたいです。」
そんな長縄さんは、自分のことを「前向き劣等生志向」と表現する。
「僕は勉強もスポーツも、そんなにできる方ではありませんでした。周りの人たちに対して、憧れと少しだけ妬みを持ちながら、今まで生きてきた人間なんです。その分「モテない男がモテるには、どうすればよいか」というのを考えてきました。美容院も「こんな自分の美容院にはお客様は来たいと思わない。じゃあ来たいと思える理由を用意しよう」という考えなんです。」
意外だった。今まで会ってきた代表の方は、どちらかというと「自分ならできる」という自信がある人が多かった。長縄さんも、その一人だと思っていたのだ。
前向きになれるコツは何だろうか?
「すり替えと切り替えです。ある意味、自己洗脳に近いかもしれませんね。最近はあまりないですが、うまくいかなかったり、いやなことがあったら、漫画喫茶に行って漫画を見たり、映画館で映画を見たりしています。「自分はこれを見たら大丈夫」と言い聞かせながら見て「面白かった、これでチャラね」で終わりなんですよ。」
役所、企業、市民団体、そして職人たち。生き方も考え方も異なる人たちの間に立ち、接着剤の役割を果たす人がいなければ、プロジェクトは空中分解してしまう。それができるだけでもかなりのハイスキルだと思うのだが、長縄さんは決しておごることなく謙虚な姿勢が印象的だった。
そんな長縄さんが理事を務める「かかみがはら暮らし委員会」をベースに、各務原市を好きで、もっとよくしたいと考える仲間たちがつながっていく。各務原市はこれから、さまざまな人たちを巻き込んで、もっともっと面白くなるのではないだろうか。市内に住む人も、市外の人も、まずはぜひ学びの森に、そしてカカミガハラスタンドに足を運んでみてほしい。