想いを紡ぐオーダーメイドスーツを手掛ける「サツキテーラー」を訪ねてみた。

TOM
サツキテーラーでオーダーメイドスーツを作ってもらったよ!でも、食べすぎて太っちゃったから入らないんだ…。
SARA
一流の職人さんに手直ししてもらえるわよ。
TOM
じゃあ、もっと食べても大丈夫だね!
SARA
・・・なんでそうなるのよ・・・

 

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柳ケ瀬にある「サツキテーラー」をご存知だろうか。
オーダーメイドスーツ、衣服のリフォーム、ネクタイの製造卸などを手掛ける会社だ。本日は代表取締役の水野 琢朗(みずの たくろう)さんに、服への想いについてうかがった。

 

 

今回のツムギポイント!
  1. 「五月晴れ」から社名を「サツキテーラー」に
  2. 起業後3年で柳ヶ瀬にビルを購入した理由
  3. さまざまな事業に共通する「人の心を豊かにしたい」という想い
  4. スーツを日常着から特別な一着にしたい
  5. 目指すはメンズ洋品の百貨店
  6. 座右の銘は「お洒落な人より洒落た人になれ」

 

①「五月晴れ」から社名を「サツキテーラー」に

 

サツキテーラーの経営理念は「まちとひとをオシャレに豊かにする」だ。岐阜の柳ケ瀬商店街で商店街活性化活動にも取り組んでいる。

 

水野社長はオーダーメイドスーツで起業したが、卒業後は大手の教育関連会社に就職している。なぜ起業しようと思ったのだろうか?

 

「うちはもともと、自営業が多い一族なんです。私は多治見の出身ですが、両親は多治見で商売をしています。また、母方の実家も商売人です。ですから私も起業への興味はありました。ただ卒業後にいきなり起業というよりは、まずは企業に勤めて様々な経験を積もうと考えたんです。」

 

そして水野社長は26歳で起業した。なぜ「サツキ」という名前にしたのだろうか?

 

「サツキという名前には、五月晴れの人の心を晴れやかにしたいという想いを込めています。私は洋服が好きなのですが、身長が158cmで、サイズが合う服を見つけられないという悩みを抱えていました。そんなある日、自分に合うサイズのオーダースーツを着用して、すごく心が晴れやかになったんです。そして人の悩みを晴れやかにできるよう、サツキテーラーにしています。ビルを買った時も名前を皐月(さつき)とつけました。」

 

そう、水野社長は一等地・柳ヶ瀬にビル「皐月会館」を所有しているのだ。しかも購入したのは29歳のとき、起業してわずか3年だった。

 

 

 

②起業後3年で柳ヶ瀬にビルを購入した理由

 

では水野社長は、どのような経緯でビルを購入するに至ったのだろう。

 

「購入した理由は、柳ヶ瀬で3年間商売をして、この土地に魅力を感じたからです。私は岐阜市出身ではありません。縁もゆかりもない場所で商売ができたのは、地元の中小企業の社長さんたちに応援していただいたからです。社長さんたちも若い頃に助けてもらった経験があり、若い人に恩を送ろうと考えている方が多いみたいなんです。恩を受けて商売できているのだから、この土地にどっぷりと根付いてもいいかなと考えました。」

 

そして、水野社長は柳ヶ瀬で店舗兼住宅を探し始めた。

 

「商店街って、自宅兼店舗が多いイメージがあったので、お客様でもある不動産屋さんに自宅兼店舗の物件が出たら教えてねと相談していたんです。ただ、自分が想像していたよりも大きかったという(笑)。」

 

そして水野社長は柳ヶ瀬に根を伸ばし、現在は青年会長や、地区会長を務め、この町の活性化に尽力している。「ぎふコスプレパレード」や、「ハンドメイドコンテスト」などさまざまな柳ヶ瀬のイベントに携わり、岐阜に若い力を呼び込んでいるのだ。

 

 

 

 

③さまざまな事業に共通する「人の心を豊かにしたい」という想い

 

水野社長に、事業へのこだわりや強みについてうかがってみた。

 

「うちは、その商品を届けることによって、心が豊かになるようなものしか取り扱わないと決めています。ですからスーツも既製品ではなくオーダースーツなんです。あと「おもいでや」なんてまさにそうですね。」

 

「おもいでや」は、水野社長が手がける事業のうちの一つだ。大切な制服をミニチュアサイズにリメイクする。愛着のある制服やユニフォームを細部に渡り忠実に再現し、思い出を形に残すサービスを提供しているのだ。一品一品が熟練の職人による手作業で制作されている。

 

「おもいでやの事業って、生活に必要かといえば、正直いらないものですよね。なくても生きていけます。でもそれを届けることによって、お客様は喜んでくれます。これって、豊かさの象徴だと思うんです。有事のときは、このようなことはできないでしょうから。」

 

 

 

 

また、水野社長はネクタイも手がけている。ハッとするような鮮やかな発色のものから、初めて見るような幾何学模様の柄まで、個性あふれるネクタイが揃う。ここなら、自分だけの一本に出会えるはずだ。

 

「ネクタイは日常使いするもの、かつ想いを寄せやすいアイテムです。『今日は勝負の日だから赤いネクタイをしよう!』とか、ありますよね。複数の事業がありますが、共通しているのは人の心を豊かにしたいという想いです。そこがうちの強みであり、こだわりですね。」

 

 

 

 

④スーツを日常着から特別な一着にしたい

 

水野社長に、オーダースーツをどのようなターゲットに届けたいかと訪ねたところ「届けたいターゲットとは異なるかもしれませんが」と前置きいただいた上で、あるエピソードを教えてくれた。

 

「オーダースーツを皆さんにもっと楽しんでほしい、私はそう考えています。スーツはイギリスで生まれて、イタリアやアメリカへと広がっていきました。しかしスーツ販売着数世界一としてギネスブックに載ったのは、日本の紳士服メーカーなんです。ただスーツは、もともとは貴族の衣装を簡略化したものです、本来はそんなに毎日着るものではないんですよね。」

 

特に社会人の場合、毎日スーツの着用が必須な仕事の人も多いだろう。独自の文化なのは意外だ。

 

「日本にスーツが入ってきたのは明治時代以降ですが、高度経済成長期の頃に仕事で着る人が増えたので、仕事着イコール、スーツという感じで広まってしまったんです。でも私は、適当にただ毎日着るのではなく、意味があって着るもの、特別な日に着るものだと考えています。」

 

コロナ禍でテレワークが普及したことで出社頻度が下がり、スーツを着る機会が減った人も多いだろう。しかし、それは水野社長からすれば「ようやく正しい形に戻った」ということなのだという。

 

「コーディネートも含め 『今日はこういう場面があるからこのスーツを着よう』と、意味を考えてスーツを着用することで、気持ちも豊かになるのではないでしょうか。ああ…今日も仕事かと、ため息をつきながら貴族の衣装に袖を通すのでしょうか。『今日は大事な会議があるから、このスーツにこのネクタイを合わせよう』と考える方が、きっと楽しいですよね。」

 

確かに、貴族の衣装と言われれば「もっとちゃんと着ないといけないな」と身の引き締まる思いがする。糸がほつれたりシワだらけのくたびれたスーツでは、心もすさむ一方だろう。余裕がないと、なかなか着るものにまで神経を使えない人もいるだろうが、豊かな心、豊かな生活は、まず身なりを整えることから始まるのだ。

 

「スーツを単なる作業着ではなくて、格式あるものとしてとらえましょうというのが、私がスーツに込めている想いなんです。」

 

 

 

 

⑤目指すはメンズ洋品の百貨店

 

オーダースーツ、ネクタイ、そして「おもいでや」と複数の事業を手掛ける水野社長だが、今後の展望はどのようなものだろうか。他店舗展開の予定はあるのだろうか?

 

「あります。名古屋に進出とか、他地域に進出というよりは、岐阜が好きなので岐阜県内で考えています。ただ故郷は多治見なので、故郷に錦を飾るじゃないですが、多治見には出店したいなという想いもあります。」

 

そして水野社長は、ある夢を語ってくれた。すでに知っている人も多いと思うが、岐阜高島屋は2024年7月31日(水)で閉店する。

 

「百貨店がなくなるのは、やはりみんな悲しいですよね。でも、だったら自分で作ればいいのではと考えています。」

 

そう、水野社長が今後考えているのは「自分が百貨店になる」ということなのだ。

 

 

 

 

「もちろんうちはオーダースーツ専門店なので、今すぐ百貨店をやるというような大層なことは言えません。ただメンズフロアを網羅するくらいはできるだろうと思っています。サツキテーラーに行けば、紳士雑貨はすべてそろうというポジションでいきたいですね。」

 

水野社長は、このメンズ百貨店構想の実現に向け店舗を拡大しようとしている最中だという。

 

「オーダースーツ専門店は、どうしてもスーツをオーダーしない人にとっては来店しづらいですよね。メンズ百貨店を目指すのであれば弱みになってしまうので、見せ方やブランディングも、今後は検討していきたいです。」

 

「そのため、店舗名も、当店の法人名である皐月屋に変更しようと思ってます。そうすればより百貨店っぽいでしょう。」

 

そう言って水野社長は微笑んだ。確かに、皐月屋とはまるで百貨店をやるために付けられたかのような屋号だ。高島屋がなくなって行き場を失いそうな、お洒落な男性たちの駆け込み寺になるだろう。

 

 

 

 

⑥座右の銘は「お洒落な人より洒落た人になれ」

 

最後に、水野社長に座右の銘について尋ねてみた。

 

「いつも話しているのが『お洒落な人より、洒落た人になれ』です。これは石津謙介さんの言葉なんです。」

 

石津謙介さんは、昭和から平成にかけて活躍した日本のファッションデザイナーだ。戦後はVANというブランドを立ち上げ、アイビーファッション(アメリカ東海岸にある名門私立大学の通称「アイビー・リーグ」の学生の間で流行したファッション)を日本で流行させた。メンズファッションの神様と言われている。

 

「石津さんは服だけでなく、靴や車、ライフスタイルまで含めて当時から提案していました。とにかくお洒落を極めた人です。そんな人がたどり着いた結論がこの言葉だったんです。何を着るかではなく、自分がどのような人間なのか。洒落た人は、何を着てもお洒落なんですよね。」

 

お洒落な人より洒落た人になれ、まさに「粋」な言葉だ。

 

「洒落た人って、ただ面白いだけとか、格好いい人とは少し違うんですよね。洋服を扱う人間として、立ち居振る舞いも含め、私もこのことを心がけるようにしています。良い服を仕立てること、良いネクタイ、良いリメイクを提供することは当然ですが、それ以上に自分自身がまず洒落た人であるかどうか。座右の銘というよりも、目指している姿といった方が近いかもしれませんね。」

 

水野社長の言葉からは、服を愛する気持ちがひしひしと伝わってくる。水野社長のような熱い想いを持つ人がいれば、柳ヶ瀬は今後も盛り上がっていくのではないだろうか。

 

サツキテーラーのネクタイブランド「INOKUCHI1567」は織田信長が岐阜(旧井ノ口)に入城した年から来ているという。「いざ、出陣!」と気合を入れたいときの一着を求めに、サツキテーラーを訪れてみてはいかがだろうか。

 

 

 

 

 

サツキテーラー

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