この記事は約5分で読めます。
左官とアートを融合した創作プロジェクト「koteto(こてと)」をご存じだろうか。
漆喰と藍を組み合わせ、鏝(こて)の赴くままに描かれた作品たちは、まるで生きているかのようだ。今回は、岐阜県大垣市を拠点に活動する、左官職人アーティストの中嶋 いづみ(なかしま いづみ)さんにお話をうかがった。
- 「漆喰」との出会い
- 数珠つなぎの人生
- 「藍」の魅力とは
- 岐阜から日本、世界へ
①漆喰との出会い
小売店の販売員、美容サロンのオーナー、天然石の販売を経て、左官職人アーティストになったいづみさん。一見まったく繋がりのないような経歴だが、どのような経緯で現在に至ったのだろうか。
「これまでさまざまな業界・職種に携わってきましたが、左官に出会うまでは、自分の「やりたいこと」よりも、目の前の「必要とされている」仕事をしていました。正確には、目の前の課題を優先して、自分のやりたいことを考える暇がなかったという感じですね。」
2011年から「白玉椿(しらたまつばき)」の屋号で活動し始め、オーダーブレスレット、天然石の製造販売をスタートする。
「天然石というと、なんとなくスピリチュアル的なイメージがあったので、少し苦手意識のある業界でした。ただ天然石ってやっぱり自然物で、私自身、昔から自然と関わるのが好きだったので、自然と向き合うことで仕事として続けられていました。これまでは「必要とされている仕事」をしてきたので、やっと自分の場所を見つけられたという感覚でしたね。」
そこから「左官職人」にまでになっているいづみさん。「左官」に興味を持ったきっかけはなんだったのだろうか。
「天然石を扱っていた時、ナイロンやポリエステルなど化学繊維の紐を使っていたんですが、自然の素材でできないかなと思い「麻」を試してみたんです。そこから麻の勉強をはじめて、講演会に参加したときに「漆喰」に麻が入っていることを知って、さらに、漆喰の原料が「石灰」であることを知ったんです。現代は様々な漆喰材がありますが、本来の漆喰は、石灰と糊と麻繊維で作られるのが基本です。」
「岐阜県民には馴染み深い金生山ですが、あの山からは石灰が取れるんです。子供の頃は金生山がどんどん削られていくのを見て、心が痛んでいましたが、石灰が取れる山である事を知ってからは、もっと知りたいと興味が湧き、調べていくうちに大垣市赤坂地区の石灰産業の技術が日本各地に広がったという話も知りました。知れば知るほど興味が湧き漆喰の原料が石灰だと知っていたので地元で採れる石灰を使って漆喰を作りたいと考えたんです。そして漆喰を使う左官という仕事にも必然的に興味が湧いた事がきっかけですね。」
②数珠つなぎの人生
思いがけず、地元の歴史や漆喰について知ることになったいづみさん。「左官職人」になろうと思ったきっかけも、思いがけない出来事だった。
「漆喰に興味を持ち始めてから、いろいろな体験会にも参加していたんですが、ある時、ワークショップの先生が突然来なくなってしまったんです。通っていた生徒さんが困っているのを見て「私がワークショップを開こう!」と思ったんです。ですが、誇れるような経歴がないので、1年間職業訓練校に通って、左官職人になりました。」
いづみさんの行動力には脱帽だ。漆喰との出会いは2015年だが、本格的にアーティストとして活動をはじめたのは2022年だという。
「以前から地元の石灰を使って何かしたいと模索はしていて、漆喰に色粉を入れて試作みたいなことはしていました。そんな時、たまたまお声がけいただいたのをきっかけに「koteto」を立ち上げ、本格的に活動をスタートしました。」
③「藍」の魅力とは
いづみさんの作品は、「漆喰」と「藍」を融合させた左官アートだ。そもそも「藍」とはどのようなものなのだろうか。
「藍というのは植物なんです。藍の中の成分を用いた染料なんですが、もともと葉っぱの中に入っているときの色素自体は透明で、発色の段階で黄色、緑、青と変化するんです。使っている藍液はアルカリで、酸化することで定着し、だんだん照りがなくなっていくんです。」
自然物である「藍」は、温度や湿度、経年変化など、さまざまな要因によって発色の仕方が異なるので、とても興味深く面白い。発色をコントロールするというよりも、自然の発色に任せて、活かすようにしているのだという。
「藍染めをしている人は、よく「藍が生きている」と言うんですね。そういう変化が面白いからやっているとか、植物の生命力を感じるとか。単なる染色ではなく、植物が生きている感覚を得られるので、そこに魅了されるんだと思いますね。これは藍でしか感じられない感覚なので、とても面白いです。」
いづみさんの作品を見て涙を流す人の姿を見て、いづみさん自身も感じたことがあるという。
「ハッとしたというか、こういう風に見てくださる人がいるんだという「希望」に近い感覚ですね。人の心を動かすのが一番難しいし、一番嬉しいと感じるので、自分が誰かの心を動かせるんだと知って、これからも続けていこうと感じました。私は制作までしかできないので、受け取り手の感性というか、やっぱり自然物だから、感情が動きやすいのかなと思いますね。」
受け取り手によって作品の捉え方や印象は多種多様だ。波に見える人もいれば、空と雲に見える人も、雪山に見える人もいるのだ。
④岐阜から日本、世界へ
現在は地元・金生山の石灰を使ってアート活動を続けるいづみさん。今後のビジョンはあるのだろうか。
「当面の間は、変わらず金生山の石灰で地産地消を続けていきたいと思っています。今は時間が足りないので手を付けられていないのですが、「顔料」を使って、何か違うことができないかと模索中です。また、今後世界を見据えたときに、もう少し視野を広げて「日本」の材料や伝統文化的なものを使って制作することも検討しています。私の作品が役に立てる場所、求められる場所があるのであれば、どんどん挑戦していきたいと思っています。」
最後に、いづみさんにとって「アート」とは何かをうかがってみた。
「難しいですが…。「DoではなくBeの存在」ですね。何かをするとかではなく、ただそこに存在するものであり、ある種のコミュニケーションツールでもある。実際に対話をしていなくても、私の作品を見て、何かを感じ取ったり、お客様自身が何かを感じたり。ひとつの「アート」を通して会話しているみたいな感覚ですね。かっこいい言葉で言うと、人生そのものです。」
まさに、アーティストであるいづみさんからしか出てこない言葉だ。アートに触れている時は、どのような気持ちなのだろうか。
「生きている中の一部なので、楽しい時もあるし、まったく湧いてこない時もあるし、魂がおどる時もあるんですよ。そういう時はすごく楽しいですね。もう本当に自分の領域を超えたっていう感覚で、「楽しい」とかの言葉じゃなく、「魂がおどる」そのものなんです。ずっとその感覚が続けば楽しいかもしれないですね。」
「何かテーマを決めて制作するということはほとんどないですし、逆にそういう時の方が何も湧いてこない時が多いです。いったん心を無にして、その時の感情や手の動きに身を任せるという感じですかね。本当に難しいです。」
数珠つなぎのように左官と出会い、地元の石灰を使って制作活動を続けるいづみさん。
これからも、岐阜の魅力を発信しながら、多くの方の心を動かす作品を創り出してくれることだろう。いつか「koteto」が世界に羽ばたく日を楽しみにしている。