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岐阜市にある美容室「aria」をご存じだろうか。
「予防美容」を掲げている、「傷んだ髪をいたわる」だけでなく「これから生えてくる髪を元気に育てる」ことに力を入れている美容室だ。今回は代表兼スタイリストの大川 貴之(おおかわ たかゆき)さんに、美容師になったきっかけやお店を開いた経緯、そして健康への想いについてお話をうかがった。
- 家族の幸せを考え独立を決意
- マーケティングを学び経営危機を乗り越える
- 美容と健康について相談できる「かかりつけ美容室」
- お客様に嘘をつかず、真摯に向き合う
①家族の幸せを考え独立を決意
ariaは2013年にオープンした美容室だ。aria(アリア)という名前はどのように決めたのだろうか?
「響きの良さと美容室の名前って、何と読むのかわかりづらい名前が多いのですよね。僕が以前に勤めていた美容室も、そこまで難しい名前ではなかったのですが、意外とお客様に名前を覚えてもらっていないことが多かったんです。なので覚えてもらいやすい名前にしました。これは屋号を決めた後から知ったんですが、ariaにはイタリア語で空気という意味があるんです。なので空気のようにお客様に必要とされているお店でいたい、という意味も込めています。」
さらに、歌のアリアの意味もあるという。
「アリアは独唱曲でもあります。そこから、お客様ひとりひとりにあったサービスを提供したいという意味も込めています。」
30代後半でお店を持った大川さん。お話をしていて意外だったのだが、最初は独立するつもりがなかったという。
「この業界に入ったときは「将来は自分のお店を持つ」という野心がありました。しかし、僕が以前勤めていたお店のオーナーに惚れ込んでしまったんです。なので「この人の右腕としてやっていきたい」と考えていたんです。」
しかし、上のお子さんが小学生になるのをきっかけに、大川さんは悩むようになる。
「子供が大きくなるのもとても嬉しい事です、でもかかるお金が多くなるんです。やはり美容師である前に、子どもの父親なので。僕の親は、僕に金銭面の苦労を見せませんでした。だから僕も自分の息子に『お金がないから我慢してくれ』とは言いたくなかったんです。お金の事で家族に苦労させたくはないなと思いました。」
そして37歳で独立したというわけだ。
「実は37歳で独立って、この業界ではかなり遅い方なんですよ。大体の人は、20代後半から30歳くらいで独立します。美容学校を出て、スタイリストとして経験を積んで、30歳くらいで独立を考えるわけです。僕は37歳だったので、これから気力も体力も落ちていくから、独立するにはここがラストチャンスだと感じたんです。」
奥様も、そんな大川さんの葛藤に気づいていたようで、独立を相談すると二つ返事で了承したそうだ。独立について、オーナーからの反対はなかったのだろうか?
「実は、悩んでいる段階で、何も言っていないのにオーナーから呼び出されたんですよ。それで『大川くん、いろいろ考えているやろ?』って聞かれました。それで『僕は大川くんの出した結論に賛同するからね』って言ってもらえたんです。それで踏ん切りがつきました。僕は人間関係に関しては本当に恵まれていると感じます。」
②マーケティングを学び経営危機を乗り越える
こうして自分の「城」を持った大川さんだが、最初から順風満帆とはいかなかった。
「本当に大変でした。6月にオープンしたのですが、その年の11月にオープニングスタッフが辞めてしまって、人手不足で売上が伸びなかったんです。当時は助成金などを活用したり試行錯誤して何とか首の皮一枚でつながっていたという状況です。みるみる貯金残高が減っていくのをみた時は、震えましたよ。」
失礼ながら、お店をたたんでしまう選択肢はなかったのだろうか。
「それはありませんでした。自分の意地とプライドです。実は僕、転職組なんですよ。大学で建築を学び、卒業後も建築業界に入りました。父親がゼネコンをやっていて、一言でいうと「跡取り」だったんですよ。」
美容師というと、高校卒業後すぐ美容師の専門学校に2年間通って……というイメージだったが、大川さんは大学卒業後に美容を学んでいる。なぜ美容師になろうと思ったのだろうか。
「単純に、面白そうだったというのが一番大きいです。あと、女性相手の仕事なら安定していそうだとも考えました。世の中のお金は女性が回していますからね。あと手に職を付けたかったというのもあります。親の期待を突っぱねた手前、簡単には諦める事ができないという意地がありました。」
どのようにして、経営が大変な状況を打開したのだろうか。
「猛勉強しました。今更ながらですが、勉強不足な状態で独立してしまったことを痛感しました。『まずはマーケティングだ!』と考えて、マーケティングの勉強合宿のというのがあったので、いきなり合宿に参加したんです。普通は何度かセミナーを受けてから合宿に参加するみたいですが、当時は必死だったので。」
そしてABテスト(ウェブサイトやアプリの2つのバージョンを比較してどちらが優れているかを判断する方法)など、合宿で学んだことを実践し、集客につなげていったそうだ。
「やり続けていったらブレイクスルー(停滞を突破する意味のビジネス用語)が起きて、お客様が増えていきました、必死に学んだ事が結果に繋がっていったので本当に楽しかったですね。」
③美容と健康について相談できる「かかりつけ美容室」
ariaのホームページには美×健康「あなたらしい美しさと健康な心と体で笑顔溢れる毎日を・・・」と書かれている。美容室なのに健康を気にかける理由を伺ってみた。
「ariaの強みは、健康に力を入れていることです。「心身の健康を維持し、その人らしさの“美”を提供することでイキイキとした人生を過ごしていただくお手伝い」というariaの理念も掲げています。」
その理念のうらには、未来のことを考えた大川さんの想いがあった。
「これから、もっと医療費は上がります。自分の健康は、自分で管理していかなければいけません。美容師として、これからの時代に何ができるだろうと考えた結果、美容という観点からお客様に健康を届けようと考えたんです。健康でないと、美容も楽しめないですからね。」
ariaが提唱しているのは「アンチエイジングケア」ではなく「エイジングケア」だ。
「いつも『年を取ることに抗っちゃだめだよ』と言っています。年を取った事を嘆くのではなくて年を取ることを楽しみながら生活している人の方が、ずっと美しいと思います。」
芸能人のように、お金をかけていつまでも綺麗にいられる人は良いかもしれない。しかしそのように多くのお金をかけられる人は、ごくわずかだ。
「美容にお金をかけていなくても、笑顔がはつらつとしているなど、素敵な女性はたくさんいます。そういう人たちは、年齢に抗っていないんですよ。そのときどきを、充実させて生きている。実年齢よりも年を取っている人を、実年齢の状態に戻すのがエイジングケアです。僕は「アンチエイジング」という言葉を一度も使ったことはありません。歯医者さんで「予防歯科」という言葉がありますが、うちは「予防美容」です。」
普段から気をつけることによって、年齢に応じた美しさをキープする。それが「予防美容」の考え方だ。
「ariaではメニューや商材の選び方も、この理念に沿ったものを選んでいます。また、僕の妻はariaでスパニストをやっているのですが、漢方養生指導士の資格を取得しています。漢方は西洋医学とは異なり、病気になってから治すのではなく、病気になる前の「未病」を改善しましょうという考え方なので、ariaの予防美容の考え方とリンクしているんです。妻はその他に、「生活リズムアドバイザー」「健康リズムカウンセラー」も取得しお客様の内側から綺麗になるお手伝いをさせていただいています。」
奥様によるヘッドスパは、お客様ひとりひとりにあわせて手技を変えて提供しているのだそうだ。将来的には、医師との提携も考えていると教えてくれた。
「信頼できるお医者さんと提携して、地域ぐるみで地域の健康を守れたらいいなと考えています。ただ髪を切って染めてパーマするのももちろん良いのですが、見た目を綺麗にするのは美容師として当たり前だと考えています。健康をキーワードに、美容室の社会的意義をもっと上げていきたいです。」
④お客様に嘘をつかず、真摯に向き合う
ariaの将来の構想についてうかがってみた。
「今のところは多店舗展開の予定はありません。ですが、自分たちの考えに賛同してくれるサロンオーナーの方に、ノウハウを伝えていくというのは、将来的にはできるのではないかと考えています。それを実現する為には、まずうちで形を整えてからでないといけないですけどね。美容室ではありますが、髪を切るだけではない付加価値・存在価値を高めていければ、地域貢献につながりますし、競合他社の概念もなくなっていくのかなと感じています。」
最後に、大川さんが仕事で大切にしていることをうかがった。
「当たり前のことを当たり前にすること、それとバランスです。人はどうしても自分の考え方を押し付けたり、自分の理想を重ねたりしてしまいがちです。自分の通したい想いと、譲ることによって相手に与えるメリットを挙げ、どちらを優先することがより良いかを考えています。あとは「適当」ですね。悪い意味の適当ではなく適材適所、適したものを当てる、という意味での「適当」です。「良い加減」ですね。それも言い換えればバランスですよね。」
さらに「お客様に嘘をつかない」ということも大切にしているという。その考えは一緒に働くスタッフにも共有しているそうだ。
「一緒に働いてくれるスタッフを迎える時も人間性を大切にしています。技術力よりも人柄を見ています。例えば自分にできない技術があって、お客様にそれをやってほしいと言われたとします。そのときに、自分にはできないことを伝えず、うやむやにしてしまう人もいるんです。」
「1回だけなら仕方ないかもしれませんが、それで乗り切ってしまうと、ずっとそれで逃げ続けてしまうんです。そうではなく『ごめんなさい。今はできません。次までに練習します』と言える人と一緒に働きたいんです。もちろん簡単なことではありませんが、僕もそうやってきましたし、お客様と真摯に向き合うと言うのは、そういうことではないかと僕は考えています。」
現在、ariaでスタイリストとして働いているスタッフを面接したときも、その方の真摯さが決め手だったという。
「面接時に最初に『私はスタイリストになって日が浅いので、自分の技術力に自信がありません』と話してくれました。そうやって正直に話してくれたのが嬉しかったんです。『正直、技術力なんて、後から身につく、毎日仕事していたら身につくから大丈夫だよ』と言いました。」
確かに、技術力は後からでも身につくが、人間性はなかなか変わらないものだ。自分に出来ないことを正直に伝えることは誰にでも出来ることでは無いだろう。大川さんはその真摯に向き合う姿に感動し共に働いてほしい伝えてのだそうだ。
大川さんは、働き方もスタッフ一人ひとりに合った方法で提案しているのだそうだ。
「うちで勤めてくれている中で、スタッフの生活スタイルの変化に合わせた働き方を考えた結果、業務委託という形になったスタッフがいます。真摯に取り組む人柄を買って一緒に働いています。そのスタッフがより働きやすい環境を一緒に作れるよう日々模索しています。業務委託は一例ですが、その人にあった働き方でチャレンジしたいという気持ちを後押ししていきたいですね。」
冒頭で「人に恵まれている」と語った大川さんだが、自身が独立の後押しをしてくれたオーナーや奥様、周りの人から受けた「恩」を、スタッフに送っているといえるのではないだろうか。大川さんが普段から周りに誠実であるからこそ、人に恵まれているのだといえる。
インナービューティーという言葉があるが、やはり内面が心身ともに充実しているからこそ、見た目も美しく輝く。そこに年齢は関係ない。「最近、誕生日が来るのが怖い」という人は、一度ariaを訪れてみてはいかがだろうか。