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岐阜市にある「音楽療法Mana」をご存じだろうか。
ピアノ、フルート、篠笛の音楽教室と並行して、障がいを抱える子どもを中心に音楽療法を行なっている。今回は、代表の上地 弘恵(かみち ひろえ)さんにお話をうかがった。
- 音楽療法との出会い
- 音楽を通して、さまざまな感情を知ってほしい
- 個性に寄り添い一緒に楽しむ
- 社会との繋がり、生活の彩りになれる場所に
①音楽療法との出会い
日本音楽療法学会認定の音楽療法士である上地さん。ピアノやフルートの教室と並行して、障がいを抱える子どもたちを対象に音楽療法を行なっている。「音楽療法」や「音楽療法士」という単語自体は聞いたことがあっても、具体的にどのようなことをしているのかは知らない方も多いのではないだろうか。
音楽療法とは、「音楽の持つ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障がいの回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること(※日本音楽療法学会HPより)」とされており、障がいの有無を問わず、小さな子どもから高齢者まですべての年齢・性別が対象となる。
上地さんが音楽療法に興味を持ったきっかけや、開業の背景をうかがってみた。
「私自身、小さい頃から音楽が好きで、高校生の時にフルートに出会い、そのまま音楽大学に進学しました。今は環境に恵まれ、音楽を仕事にすることができています。在学中はプロの音楽家のように音楽で自己表現をすることにあまり興味をもつことができませんでした。ですが、音楽療法は発達機能の維持改善や生活の質の向上を図る1つのツールとして音楽を使用するということを知って、「これをやってみたい」と自分の中でしっくりきたんです。」
障がいを持つ子どもたちを対象に始めようと思ったのはどんな理由があったのだろうか。
「障がいに対して、少しずつ世の中の認知や理解が広まってきたと同時に、障がいを抱える子どもたちが、習い事をしたくても障がいを理由に断られることがあるという現実を知りました。私自身も子どもがいますが、周りと同じように習い事をさせたいというのは親として当然のことで、障がいを理由に断られるのはどれだけ辛いだろうと考えました。それならば、障がいを持つ子どもたちを受け入れる音楽教室があってもいいなと思ったのが理由ですね。」
「周りの子どもたちと同じように習い事をさせてあげたい」といった悩みを抱える親御さんに寄り添いたいという、ご自身も3人のお子様を育てる上地さんだからこその素敵な理由だった。
Mana(マナ)はハワイ語だそうだが、名前に込められた思いをうかがってみた。
「Manaは『神秘的な力』『奇跡の力』と訳される言葉です。この教室に通ってくれるハンディのある子ども達の中には言葉をコミュニケーションのツールとして使うことが難しい子もいます。ですが、たとえ言葉がコミュニケーションのツールでなくても音楽の空間で生じる目線や息づかいやほんの些細な声など、子ども達から出てくるありとあらゆるサインが『コミュニケーション』になりえるんですよ。そんな心と心で通じ合える奇跡が重なる場所であってほしいという思いを込めてこの名前にしました。」
名前の由来と名前に込めた思いからも、上地さんのお人柄が伝わってくる。これから聞かせていただくお話が楽しみだ。
②音楽を通して、さまざまな感情を知ってほしい
音楽療法Manaは、どのような障がいを抱える子どもたちが利用しているのだろうか。
「発達ゆっくりさんの2歳児さんから、自閉症・ADHD を含む発達に障がいのある方、身体的に障がいのある方など様々な方が通ってくださっています。年齢も2歳から20代の社会人の方まで幅広いです。」
さまざまな経験をしてほしいという思いから、ちょっとした発表会のような場を設けているという。
「ここに通う子どもたちは、周りに合わせるのが苦手だったり、新しい場所に行くのが得意ではない子が多いです。毎日のルーティーンを大事にしている子が多いので、あまり負担のかからない方法を考えて開催しています。」
「障がいを抱えている子どもたちは、どうしても周りに比べて経験を積みづらい現状があります。発表会を経験して、ドキドキする気持ちを体験した時「ドキドキするね、これが緊張だね」と気持ちの答え合わせをしたり、拍手をもらえたことで達成感や満足感を感じたり…と、色んな気持ちと向き合う1つのきっかけになるといいなと思っています。」
障がいを抱える子どもたちが他の子と同じ体験が出来る環境づくりを心がけているのだという。普段の生活や他の場所では出来ない体験をさせて上げれるのは、親御様にとってありがたいに違いない。
③個性に寄り添い一緒に楽しむ
音楽療法には、既成の曲や即興演奏などで実際に歌う、楽器演奏する、身体を動かす、音楽をつくるといった「能動的」な方法と、音楽を聴くことでリラクセーション、瞑想、精神治療を行なう「受動的」な方法がある。また、グループでセッションをする場合と、個別で行う場合など、さまざまな方法で行なわれているという。(※日本音楽療法学会HPより)
音楽療法Manaでは、どのようなスタイル・方法で子どもたちと向き合っているのだろうか。
「基本的にはマンツーマンで、それぞれの個性に合わせて、音楽を楽しみながら、成功体験を積んでもらうことを大事にしています。曲を演奏することで達成感を感じる子は、曲を完成させることを目標にしています。ですが、曲を完成させることに重点を置かないパターンも多くあります。一人一人に合ったコミュニケーション方法を模索しながら、時には楽器を使用したり歌を使用したり、その時々で即興的に作り上げる音楽も大事にしています。
楽器だけではなく、体を動かしたりして偏りのない音楽時間を提供するようにしています。」
「音楽を一緒に楽しむ」という瞬間を大切にしているという上地さん。子どもたちが、Manaでさまざまな経験を積むことで、日常生活にも良い影響を与えられると期待しているそうだ。
「ここに通ってくれる子どもたちは、見ながら手を動かす、右手と左手で違う動きをする等、多くの感覚を同時に使うことに対して拒否感を感じる子どもも少なくないです。考えてみれば、楽器演奏は多くの感覚を同時に使う作業の積み重ねから成り立っています。だからこそ、難しさも感じてしまうのですが、子どもたちに合った楽器を提供することで、少しずつそういった苦手意識を軽減できたらと思っています。ここには、ピアノ以外にドラム、ギター、ハープ、たくさんの太鼓、ベルや木琴、鉄琴、タンバリンなどの小物楽器がたくさん揃っています。たくさんの楽器の中で、1人1人に合う楽器を見つけて一緒に楽しんでいきたいですね。」
楽しみや目標が子どもたちの原動力になることから、子どもたちが楽しみながらやっている姿を見た親御様も嬉しいのではないかということまで考えているのだと話してくれた。
音楽療法Manaは非常に魅力的な体験を提供しているといっても過言ではない。
④社会との繋がり、生活の彩りになれる場所に
音楽療法士は、日本音楽療法学会の認定校で3年もしくは4年のカリキュラムを修了後、試験に合格することで取得できる資格だ。(※日本音楽療法学会HPより)音楽の知識はもちろん、音楽療法の対象によって、教育、福祉、医療の分野においても高度な知識が必要になる。
音楽教室と並行しての勉強は大変ではなかっただろうか。
「いろいろな施設に訪問したり、講演会に出席したり、本を読んだりして、少しずつ学んでいきました。私の場合、もともと音楽教室で子どもたちと接する機会が多かったのと、自分の子育てを通して、自分の目で実際に発達段階を見ることができました。学んだ知識をすぐに実践、答え合わせできる環境だったので、とてもありがたかったですね。」
元々のお仕事の経験と、ご自身の育児経験が活かせて、むしろ捗ったのだと話してくれた。
お仕事の内容をうかがっている限り、なかなかにハードなスケジュールにも思える。上地さん自身は「音楽療法士」の仕事をどのように感じているのだろうか。
「すごく楽しいですよ。決して楽な仕事ではありませんが、絶対どこかに突破口があると思って、日々試行錯誤しています。声を出したり、動き回ったり、物を投げたり、何かをしてしまうときは、その子なりの理由が必ずあるので、それがわかった瞬間はもちろん私自身も楽しいですし、たぶん子どもたちも楽しんでくれていると思います。言葉を発することはできなくても、目を合わせている瞬間とか、自分の楽しい感情を共有できる人だと認識してくれるようになった瞬間とか、表情や息づかいひとつでも、心と心が通じ合っているような気がしてすごく嬉しくなりますね。」
最後に、上地さんの今後の目標や展望をうかがってみた。
「障がいを抱える子どもたちは、周りに比べて社会との接点が少ないので、年齢を重ねて大人になっても、ここが『社会と繋がれるひとつの場所』になれたらいいなと思っています。ここに来ることを楽しみに仕事を頑張ろうとか、次のレッスンまでに〇〇ができるように頑張ろうとか、生活の彩りになれたら嬉しいです。」
「今後は横のつながりができるような何かをしたいですね。私に会うためにここに来てくれるのも嬉しいですけど、『あの子に会うために今度このイベントに行こう』とか『あの子に会えるから私も頑張ろう』と思ってくれたり、親御さん同士のつながりができることで、情報交換できたり、いろんな刺激があったり、ちょっとしたリフレッシュになるような、そういう場所や時間を提供できたらいいなと思っています。」
音楽療法Manaとして10年以上活動している上地さん。今後は、子ども同士、親御さん同士の「横のつながり」をつくれる時間と場所を提供できるよう、模索中だという。
これからも、障がいを抱える子どもたちと親御さんにとって「社会と繋がれる場所」、「生活に彩りを与えてくれる場所」になり続けてくれるに違いない。上地さんの今後の活動に注目したい。
※本名は川崎様ですが旧姓の上地様でご活動されておりますので、賞状は川崎様と記載されています。