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関市の中心に位置する龍泰寺(りゅうたいじ)をご存知だろうか。
室町幕府時代に創建されたこの寺院は、地域の人々にとって重要な文化財であり、安らぎの場所でもある。龍泰寺の歴史や活動などについて、住職である宮本 覚道(みやもと かくどう)さんにお話をうかがった。
- 龍泰寺に伝わる龍と天狗の伝説
- 家族葬の増加とお寺の役割の変化
- 宮本さんが住職の道を選んだ理由
- マルシェを開催し、新しいつながりを築く
- お寺をもっと身近に感じてほしい
①龍泰寺に伝わる龍と天狗の伝説
龍泰寺は、岐阜県関市にある曹洞宗の寺院だ。1407年、室町時代に開創された。すぐそばに竜ヶ池という池があり、竜神様が棲んでいるという言い伝えがある。龍泰寺の泰は天下泰平の泰。この地域一帯が平穏であるようにと、池から見守ってくれているのだ。
また、龍泰寺には天狗の伝説もある。寺院の敷地には大きな岩があり、それが邪魔で寺院を建てられないという状況だった。多くの人々がこの岩を動かそうとしましたが失敗。道了というお坊さんが岩に手をかけたところ、不思議なことに岩が動き、天狗の足跡が残ったというのだ。この天狗の伝説は、現代も関市の昔話として伝えられている。
そんな龍泰寺の現在の住職が宮本さんだ。多くのお寺は、住職が代替わりするごとに檀家さんから寄付を募って改修する。龍泰寺も宮本さんが住職になったときに改修した。しかしこのような檀家制度は、今後は難しくなってくるのではないかと宮本さんは考えている。
「以前は、ご先祖様を預かっているお寺でお葬式をするのが当たり前でした。しかし今はお葬式の考え方が変わりつつあります。気に入った和尚さんにお葬式をしてもらいたいとか、誰でもいいという時代になってきているのです。私も、檀家さん以外のお葬式もどんどん受け入れています。新しい時代の流れに対応していかなければなと考えています。」
今、終活といって自分が生きているうちに、亡くなってからこうしてほしいというのを準備している人が増えている。自分を送り出してくれる人を、お寺ではなく住職で選ぶ時代がすぐそこまで来ているというわけだ。
②家族葬の増加とお寺の役割の変化
お葬式といえば、最近は、家族葬を選ぶ人が増えているという。お葬式の規模が昔に比べてどんどん小さくなりつつある。家族葬について、宮本さんはどのように考えているのだろうか。
「一般葬でも家族葬でも、お坊さんとしてやることは変わりません。お葬式というのは、亡くなった人のためだけではなく、生きている人たちのためのものでもありますからね。」
しかしお葬式は、家族のつながりだけでなく、地域の人たちとのつながりを確かめる場でもあった。地域の人たちが最後のお別れをしたいと思っても「それは結構です」というのが家族葬なのだ。
「地域の人を受け入れて、つながりを深くするのもお葬式の役割ですので、それはご家族に伝えます。しかし「うちは家族葬を選びます。亡くなったことも事後の報告にします」というご家族には強制しません。心の整理はすぐにつきませんし、負担も大きいですからね。」
大切な家族が亡くなった後、やらなければならないことはたくさんある。お葬式をいつやるのか、誰を呼ばないといけないのかといった段取りを、悲しみの中でひとつずつ進めていかなければならない。
「相談しやすいお坊さんを見つけて、普段から連絡を取っておくことが大切ですよというのは伝えていますね。」
確かに筆者が子供のころは、近所で誰かがなくなったとき、自宅でお葬式をして、近所の人たちが訪れていた。今はほとんど見かけなくなった光景だ。このまま、地域のつながりはどんどん薄れ、やがて消えてしまうのだろうか?
「そうかもしれないですね。だからこそ、地域とのかかわりのパイプになるよう、このお寺を運営していかなければならないと考えています。今は結婚式や披露宴も家族だけでやる人や、やらない人が多いですよね。若い人たちの気持ちはわかります。だからこそ、家族・友人・地域の人たちがつながる場所を、お寺が作り出していきたいのです。」
③宮本さんが住職の道を選んだ理由
このお寺の長男として生まれた宮本さん。失礼だが「他の道に進みたい」と考えたことはなかったのだろうか?
「正直、ありました。しかし親が住職として仕事をしている姿を見て、「これは自分が継がないといけないな」と感じたのです。」
実際に宮本さんが住職になったときは、檀家さんなど多くの人が喜んでくれたという。
「どのような仕事をすれば人に喜んでもらえるのだろうかと考えたときに、お寺が一番だと感じました。跡を継いで住職となることで、誰かの人生に彩りを添えられるのではないかと気づいたのです。」
宮本さんは大学院を卒業後、2年間の修行を経て龍泰寺を継いでいる。修行といえば厳しいイメージがあるが、実際はどうなのだろうか?
「お坊さんになるのにもいくつか資格があります。私が取得したのは正教師という資格で宗門の大学院を修了して2年間の修行で取得できますが、四年制大学を出れば1年の修行でお坊さんになれます。お経を読むだけであれば、仏教系の短大を出て資格を取れます。勉強だけで資格が取れるようになったのは、つい最近ですね。後継者がいなくなってしまいますからね。」
何年も修行を積む必要があるイメージがあったので、1年で取れたり、短大で取れることに驚いた。
失礼ながら、お仕事についての悩みはあるだろうか?
「お寺の仕事は24時間365日、休みがありません。さらにお寺だけでなく、幼稚園の運営もしています。私は休みなんて別にいらないと思って生きています。ただ息子にお寺を継いでほしいと考えているのですが、休めないことを伝えたら継いでもらえないかもしれないなというのが悩みですね。ただ、世の中の流れはどんどん休みをとっていこうとなっていますので、お寺も休みを取れる日が来るかもしれませんね。休みが取れるようになれば、後継者問題も解決するかもしれません。」
休めない理由の一つが、お葬式だ。
「気持ちはわかります。私の両親はまだ健在ですが、もし親が夜中に亡くなったとしたら、すぐお寺に電話してしまうかもしれません。」
ただ、今は直接お寺に電話するのではなく、葬儀会社を通すことも増えている。時代が変わりつつあるのだ。
④マルシェを開催し、新しいつながりを築く
宮本さんは、既存のお寺の枠にとらわれない先進的な取り組みをしている。その一つがマルシェの開催だ。今でこそ岐阜でも「お寺でマルシェ」は珍しくなくなったが、先鞭をつけたのが龍泰寺なのだ。きっかけは何だったのだろうか?
「新型コロナウイルスです。当時は人の集まりがなくなってしまい、お寺はこのまま駄目になってしまうのだろうかと感じました。」
まずはお寺を知ってもらうことが必要だと感じた宮本さん。そのタイミングで、マルシェの主催者と知り合う。占いを中心としたマルシェを運営していたが、公共施設は断られてしまった。そこで「お寺でマルシェをやらせてもらえないですか」と相談を受けたという。宮本さんが快諾し、マルシェが始まった。2024年は5回の開催を予定している。
「お盆やお彼岸のタイミングと重なってしまうと大変なので、閑散期に開催しています。開催して4年なので、まだまだ実験段階です。お寺のマルシェはどこでもやっていますので、新しいことを始めないといけないなとは思いますが、先駆けとなったのはうれしいですね。」
占いにもさまざまな種類があるが、古代ギリシャやローマなど西洋から始まったものも多い。一見、仏教と相容れなさそうに感じるのだが……。
「岐阜で有名な占い師の方が来てくれるのですが、占いで良くない結果が出てしまっても、こうすれば大丈夫だからと話すのですね。大丈夫だと言ってもらうことで、自分を認めてもらえると承認欲求が満たされます。その大丈夫という言葉を聞きたくて、毎回ファンの方々が訪れるのです。実はお坊さんに求められていることと近いのかなと、とても勉強になります。」
背景にあるのは、仏教が「受け入れる」宗教ということだ。
「お釈迦様は、すべてを受け入れます。「このような考え方もあるのだな」と、何でも受け止めて、共感する。そういうやり方で、すべてを受け入れてきたのが仏教なのです。」
⑤お寺をもっと身近に感じてほしい
宮本さんの話を聞くまで、お寺というのはお葬式や法事、お墓参りのときに訪れるイメージだった。しかし、そのようなとき以外でも、もっと気軽に訪れてもいいのではないだろうか?
「本当にそうですね。何となく来て、何となく休める場所でありたいですね。」
もし悩みがあったら、相談してもよいものだろうか?
「もちろん大丈夫です。声をかけられたら相談に乗りますよ。」
宮本さんは、とても話しやすく気さくなお人柄だ。実は2023年に「男梅顔天下一決定戦グランプリ」で優勝したという経歴もある。
「びっくりですよね。2023年に友人からそのような大会があると聞いて、出たらいい線いけるのではと勧められたのです。」
そして芸人やYouTuberなどのライバルたちを制してグランプリになった。
「いろいろな人を巻き込んで、面白かったですね。今しかできないことですからね。人間、覚悟ができれば何でもできるんだなと思いました。皆さんに応援してもらって、笑ってもらって、笑いを通り越して「すごい」になりました。何でも一生懸命に取り組むと楽しいよというのは、伝えられたんじゃないかな。この人なら相談できそうというイメージを持った方も多いですし、こうやってお寺のイメージが変わればいいと思いますね。」
マルシェだけではなく、最近は御朱印めぐりでお寺を訪れる人も増えているという。御朱印がきっかけで、お寺に興味を持ってもらえたらうれしいと宮本さんは話す。
「若い人はもちろん、すべての世代の人にお寺を知ってもらいたいですね。もっと身近に感じてほしいし、頼ってもらいたいです。最近は外でお話することも増えたので、良い活動になっていると感じます。」
最後に、宮本さんに座右の銘を尋ねたところ、このような言葉をいただいた。
「『宝鏡三昧』という経典に出てくる、「潜行密用は愚の如く魯の如し、ただよく相続するを主中の主と名づく」という言葉を大切にしています。毎日をしっかりと丁寧に、自分を信じた道を生きていけば、それがおのずと自分の信念になるのです。」
相田みつを氏の有名な言葉「幸せはいつも自分の心が決める」に近いイメージだという。
「自分が信じた道をしっかりと歩んでいけば、それが自分の信念になります。そういうのがひとつあれば、自分を表現しやすくなります。人の評価と自分の評価は違います。人からの評価ではなくて自分で自分を評価して、胸を張った生き方をすれば、それでもうあなたは幸せなんですよ。」
龍泰寺では、マルシェだけでなく随時さまざまなイベントが開催されている。人生に悩みを抱えている人も、そうでない人も、一度龍泰寺を訪れてみてはいかがだろうか。